はじめに
「介護記録に時間がかかりすぎて、利用者と向き合う時間がない」――これは、介護現場で最も多く聞かれる声の一つです。
私は株式会社MCLで介護事業の経営管理に携わりながら、北海道介護福祉学校で介護福祉士を目指す学生たちに教えています。現場の管理者とも、これから現場に出る学生とも日常的に接する中で、「記録」が介護職にとっていかに大きな負担になっているかを痛感しています。
しかし、記録は決して「面倒な事務作業」ではありません。記録こそがケアの質を支える土台です。利用者の状態変化を正確に捉え、チームで情報を共有し、次のケアにつなげる。その重要な行為が「時間がないから簡潔にしよう」「後でまとめて書こう」となっている現状は、サービスの質にも直結する問題です。
この課題に対して、いまAIが大きな可能性を示しています。今日は、私自身が現場で試行錯誤しながら見えてきた、AIを活用した介護記録の効率化についてお話しします。
なぜ介護記録にAIなのか
記録にかかる時間の現実
ある調査では、介護職員が1日の業務時間のうち記録作成に費やす時間は、平均して1時間から1時間半とされています。8時間勤務のうちの1時間半。これは全体の約19%にあたります。
しかも、この時間は利用者から離れている時間です。食事介助や入浴介助の合間を縫って、あるいは業務終了後に残って記録を書いている職員も少なくありません。記録のために残業が発生し、それが離職理由の一つになっている事業所もあります。
AIにできること、できないこと
ここで明確にしておきたいのは、AIは介護職の代わりに記録を書くのではないということです。AIが得意なのは、「人が話した内容を文章に整える」「定型的な表現に変換する」「必要な項目を漏れなく整理する」といった作業です。
つまり、AIの役割は「ケアの観察と判断」を記録に変換する過程の効率化です。観察するのも、判断するのも、あくまで介護職自身。AIはその「翻訳」を手伝うツールにすぎません。
現場で使えるAI活用法──3つの実践例
1. 音声メモからの記録作成
最も即効性があるのが、音声入力とAIの組み合わせです。
ケアの直後にスマートフォンに向かって「14時、佐藤さん、入浴介助。右膝の痛みを訴えていたので、シャワー浴に変更。皮膚の状態は異常なし。入浴後は笑顔で『気持ちよかった』と話されていた」と話しかける。この音声メモをAIに渡すと、事業所の記録様式に沿った文章に整形してくれます。
手書きやキーボード入力と比べて、記録作成の時間は体感で半分以下になります。何より、ケアの直後に記録できるため、「後でまとめて書いたら細部を忘れていた」ということが減ります。
私がChatGPTやClaudeで試した限り、介護記録特有の表現(「傾眠傾向」「嚥下状態良好」「バイタル安定」など)も正確に理解してくれます。専門用語への対応力は、1年前と比べて格段に向上しています。
2. 申し送り文の自動要約
夜勤から日勤への申し送り、あるいはその逆。長文の記録をすべて読む時間がない中で、「この利用者について、直近24時間で注意すべき変化を3点にまとめて」とAIに指示すれば、要点を的確に抽出してくれます。
これは単なる時短ではありません。情報の見落としを防ぐという、安全管理の観点からも有効です。人間は疲労や忙しさの中で、長い文章の中の重要な一文を見落とすことがあります。AIは疲れません。すべての記録を同じ精度で処理します。
ただし、AIが要約した内容を鵜呑みにするのではなく、「AIの要約を起点に、自分の目で確認する」という運用が大切です。AIは要約の精度は高いですが、文脈やニュアンスの判断は介護職に委ねるべき領域です。
3. ケアプラン作成時の文章支援
ケアマネジャーの業務で特に時間がかかるのが、ケアプランの文章作成です。アセスメントの結果を踏まえて、利用者の意向を反映し、具体的なサービス内容を記載する。この作業にAIを活用している事業所が増えています。
たとえば、アセスメント情報を入力して「この利用者のニーズと目標を、第2表の形式で作成して」と指示すれば、たたき台を作成してくれます。ゼロから書くのと、たたき台を修正するのでは、かかる時間がまったく違います。
もちろん、AIが作成したたたき台をそのまま使うことはありません。利用者一人ひとりの生活歴や価値観、家族の思いは、AIには分かりません。「型」をAIに任せ、「魂」を専門職が入れる。この使い分けが重要です。
導入にあたっての3つの注意点
1. 個人情報の取り扱い
AIツールに利用者の情報を入力する以上、個人情報保護への対応は必須です。クラウド型のAIサービスを利用する場合、入力したデータがどこに保存され、どのように扱われるかを確認する必要があります。
実務的には、利用者の氏名をイニシャルや仮名に置き換えてから入力する、法人としてAIツールの利用規約を確認し利用方針を策定する、といった対策が考えられます。「便利だから使う」ではなく、「安全に使える体制を整えてから使う」という順序を守ることが大切です。
2. 職員のITリテラシーへの配慮
「AIを使え」と言われても、スマートフォンの操作に不慣れな職員もいます。導入にあたっては、使い方の研修と、困ったときに相談できる体制をセットで用意することが欠かせません。
私の経験では、最初から全職員に導入するよりも、ITに関心のある職員を「AIサポーター」として育成し、その職員が周囲に教えていく方式が効果的です。トップダウンではなく、現場発の広がりのほうが定着しやすいのです。
3. AIへの過度な依存を避ける
AIは道具です。道具に依存するあまり、介護職自身の観察力や記録力が低下しては本末転倒です。
特に新人職員には、まず自分の言葉で記録を書く力を身につけてもらうことが大切だと考えています。北海道介護福祉学校での授業でも、「記録を書く力」は繰り返し指導しています。AIはあくまで「すでに記録を書ける人」が効率化のために使うツールであり、記録を書く力そのものを代替するものではありません。
テクノロジーは「人がより人らしく働く」ための道具
「AIなんて介護には関係ない」と思われる方も、まだいらっしゃるかもしれません。しかし、記録に費やす1時間半を1時間に短縮できたら、その30分で何ができるでしょうか。
利用者とゆっくり話す時間。家族への丁寧な報告。チームメンバーとのカンファレンス。あるいは、自分自身がほっと一息つく時間。
AIを使うことの本質は、「記録を楽にする」ことではありません。「人にしかできないケアに、もっと時間を使えるようにする」ことです。
テクノロジーは人を置き換えるものではなく、人がより人らしく働くための道具。この信念は、AIを現場で活用するほどに、ますます強くなっています。
今日ご紹介した方法は、特別な設備投資なしに、明日からでも試せるものばかりです。まずは一人の職員が、一つの記録で試してみる。そこから始めてみてはいかがでしょうか。
まとめ
- 介護職員は1日の業務時間の約19%を記録作成に費やしている
- AIは「ケアの観察と判断」を記録に変換する過程を効率化するツール
- 音声メモからの記録作成で、記録時間を半分以下に短縮できる
- 申し送りの自動要約は、時短だけでなく情報の見落とし防止にも有効
- ケアプラン作成では「型をAIに、魂を専門職に」の使い分けが重要
- 個人情報保護、ITリテラシー、過度な依存の3点に注意が必要
- AIの本質は「人にしかできないケアに、もっと時間を使えるようにする」こと
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師
