8月27日、木曜日です。来週の火曜日、9月1日は防災の日です。そしてその5日後の9月6日は、北海道に住む者にとって、防災の日よりもずっと具体的な日付だと思っています。
2018年9月6日、午前3時7分。北海道胆振東部地震。最大震度7、千歳市は震度6弱でした。地震から18分後、道内のほぼ全域、295万戸が停電しました。日本で初めてのブラックアウトです。ほぼ全面復旧までに、約45時間かかりました。
あれから8年が経ちます。当時のことを、今も細かく覚えている方は多いはずです。信号が消えた交差点、行列のできたコンビニ、充電を気にしながら見ていたスマートフォンの画面。
「BCPは作りました」で止まっていないか
介護事業所の業務継続計画(BCP)は、2024年度から全サービスで策定が義務になりました。未策定の場合は、施設・居住系で基本報酬の3%、それ以外のサービスで1%が減算されます。経過措置が終わり、2025年4月からは本格的に適用されています。
減算がかかるとなれば、事業所は当然、計画を作ります。運営指導で見せられるファイルは、たいていの事業所に揃っているはずです。
ただ、そのファイルを最後に開いたのはいつでしょうか。
正直に言えば、私自身、この問いを自分に向けると少し苦しくなります。計画は作った。研修も訓練もやった。それでも「9月6日と同じことが今夜起きたら、この計画のとおりに動けるか」と考えると、胸を張って頷けるかどうかは、また別の話だと思っています。
BCPを作るという作業は、どうしても「書類を完成させる作業」になりがちです。テンプレートを埋めて、様式を整えて、ファイリングして、棚に戻す。そこで一区切りついた気持ちになる。その気持ちはよくわかります。私も同じ道を通りました。
でも、災害が来た日に開くのは棚のファイルではありません。開くのは、たぶん電話帳のほうです。
停電で本当に困るのは、建物の外側
施設のBCPを読むと、多くは自施設の話で構成されています。非常用電源、備蓄、参集基準、安否確認。もちろん、どれも必要です。
ただ、あの日を思い返してほしいのですが、いちばん困ったのは施設の中でしょうか。
在宅で暮らしている方のことを考えてみます。電動ベッドが動かない。エレベーターが止まって、5階の独居の方が下りられない。酸素濃縮器のバッテリーが切れる。たん吸引器が使えない。インスリンや一部の薬が冷やせない。9月上旬はまだ暑い日があります。エアコンが止まった部屋で、体温調節が難しい方がどう過ごすか。
そして、連絡がつきません。停電が長引けば携帯電話の基地局の予備電源も尽きて、つながらなくなります。安否確認の手段が、足で行くしかなくなる。
このとき、自事業所の利用者だけを見に行けばいいわけではないところに、この仕事の難しさがあります。隣の家の独居の方が心配だという電話が入る。担当ではない方の家族から相談が来る。目の前に困っている人がいれば、うちの利用者かどうかで線を引ける職員はそういません。
つまり災害の日、介護事業所は自動的に地域の窓口になります。準備していてもいなくても、そうなります。
決めておくべきは、手順ではなく「相手」
だからBCPで本当に効いてくるのは、手順書の完成度ではなく、平時に誰と話をつけてあるか、だと思っています。
たとえば、こういうことです。
誰から見に行くかを、先に決めておく。 全員を同時に回ることはできません。医療機器を使っている方、独居の方、認知症で状況判断が難しい方。優先順位を平時にリスト化し、担当ケアマネジャーや地域包括支援センターと共有しておく。当日、優先順位を考えることに時間を使わずに済みます。
近隣の事業所と、貸し借りを決めておく。 水、電源、ガソリン、そして人。うちが動けないときに誰に頼むか、逆に頼まれたら何を出せるか。立派な協定書でなくて構いません。紙1枚と、担当者の携帯番号があれば十分です。むしろ、その番号を知っているかどうかが分かれ目になります。
電話がつながらない前提で、集合場所を決めておく。 連絡手段を1本に頼らない。つながらなければ何時にどこへ、という物理的な取り決めがあるかどうか。
どれも大した手間ではありません。ただ、これは自分の事業所の中だけでは絶対に決められない項目です。相手がいて初めて成立します。だから後回しになりやすいのだと思います。
訓練を、近所と一緒にやってみる
BCPに基づく研修と訓練は、定期的な実施が義務づけられています(入所系は年2回以上、それ以外のサービスは年1回以上が目安です。回数はサービス種別によって異なりますので、指定権者の示す基準をご確認ください)。
多くの事業所が、これを自分たちだけで実施しています。私も長らくそうでした。
ここを、近隣の事業所と合同にしてみるという方法があります。同じ日に、同じ想定で、お互いの動きを見る。訓練そのものの質も上がりますが、それ以上に大きいのは、その日に相手方の顔と名前と携帯番号が手に入ることです。
災害時、人は知らない法人には電話をかけません。かけるとしても遠慮が入って、一拍遅れます。その一拍が、在宅の方の安否では致命的になり得ます。
法人の垣根を越えるのは、実際には簡単ではありません。競合意識もありますし、忙しさもある。それでもあの夜、どの法人の利用者かで困っている人が分けられていたわけではないことを思えば、越える理由のほうが大きいはずです。
私たちのNPOも、地域の連携をつくることを掲げてやってきました。防災はその中で、いちばん理屈抜きに手を組める分野だと感じています。制度の考え方が違っても、報酬の取り合いになる話でもない。ただ、隣で困っている人を放っておけないという一点で足並みが揃います。
9月6日を、点検の日にする
提案です。9月6日を、自分の事業所の点検日にしてしまうのはどうでしょうか。
その日に、5分だけでいい。
- BCPのファイルを実際に開いてみる
- 職員の連絡先が、今の名簿になっているか確かめる
- 優先的に安否確認する利用者のリストが、今の利用者で作られているか確かめる
- 近隣の事業所で、今すぐ電話をかけられる相手が何件あるか数えてみる
最後の1つで、ゼロと出た方。そこがいちばん急ぐところだと思います。
計画は、書いた瞬間から少しずつ古くなっていきます。職員は入れ替わり、利用者も変わる。1年前の名簿は、もう半分ぐらいは違う人かもしれません。作ったことより、更新し続けていることのほうが、ずっと価値があります。
あの朝、暗闇の中で不安な時間を過ごした高齢の方が、この地域にも大勢いました。次に同じことが起きたとき、あのときより少しでも早く誰かが玄関を叩ける地域にしておきたい。8年経った今も、それが正直な気持ちです。
来週の防災の日は、書類を作る日ではなく、電話をかける日にしてみてください。かける先は、隣の事業所です。
木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)
出典:気象庁「平成30年北海道胆振東部地震」/経済産業省 資源エネルギー庁「日本初の”ブラックアウト”、その時一体何が起きたのか」/厚生労働省 令和6年度介護報酬改定(業務継続計画未策定減算)


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