8月22日、土曜日です。事務所が静かな日に、9月からの賃金表を最後まで見直しました。
今月の初めに、この場で最低賃金の話を書きました。北海道は10月1日から1,131円。56円の引き上げです。うちの人件費への影響を試算したら年間でおよそ170万円になり、その数字を前に、ため息のような気持ちが湧いたことも書きました。
あれから3週間ほど経って、金額そのものは決まりました。10月の発効を待たず、9月から動かします。正社員は基本給の下のほうを引き上げて、パート職員は処遇改善分を含めた時給の下限を、最低賃金より少し上に置く。数字はもう表になっています。
それで一区切りかというと、まったくそんなことはありません。むしろ、ここからのほうが難しい。
黙って上がると、たぶん何も伝わらない
賃金を上げるという判断は、経営者にとっては何日もかけた決断です。けれど職員から見れば、それは9月の給与明細に印字された数字の変化でしかありません。
黙って渡せば、たぶんこう受け取られます。「最低賃金が上がったから、上げざるを得なかったんでしょう」。
半分は当たっています。制度に押されて動いた部分は、正直に言って、あります。ただ、それだけではない。どこを厚くして、どこは今回見送ったのか。長く働いている人の1円をどう扱ったのか。そこには全部、こちらの判断が入っています。その判断は、明細の数字を眺めていても絶対に読み取れません。
数字は結果しか語りません。理由を語れるのは、渡す側の言葉だけです。
差が縮んだ人に、何を言えるか
いちばん気が重いのは、ここです。
最低賃金が下から押し上げてくると、新しく入った人の時給が上がります。すると、何年も働いてきた人との差が縮む。今回も、その圧縮は完全には避けられませんでした。
先輩職員からすれば、面白い話ではないはずです。自分は変わらないのに、後から来た人が近づいてくる。口に出す人は少ないでしょうが、気づかないわけがない。
ここで「制度上そうなるので」と説明しても、納得にはなりません。制度の話をしているのではなく、自分の働きがどう見られているかの話をしているからです。
だから伝えるべきは、来年の話だと思っています。今回は下からの押し上げで手一杯だったこと。責任や経験に対する差は、次の見直しで手を入れたいと考えていること。できていないことを、できているふりで説明しないこと。それくらいしか、いま誠実にできることがありません。
伝えるときに決めている3つ
説明の場をつくるにあたって、自分の中で決めていることがあります。
一つ目は、いくら上がるかより、なぜ上げるのかを先に言うこと。金額から入ると、金額の話にしかなりません。
二つ目は、全体の中でどうなっているかを示すこと。自分の数字だけを見せられると、人は必ず周りと比べます。それなら、比べる材料をこちらから出したほうがいい。
三つ目は、約束できないことを約束しないこと。介護は公定価格の世界です。来年も同じようにできるとは、今の段階では言えません。言えないことは、言えないと言う。その場をしのぐために調子のいいことを言えば、次の1年で必ず自分に返ってきます。
1か月早く動かす理由
10月1日の発効を待たず、9月から動かすことにしたのは、ひとつには単純な安全策です。給与の締めと支払いのずれを考えると、ぎりぎりで合わせるより1か月早いほうが確実に間に合う。
ただ、それだけではありません。10月に合わせて上げれば、「法律に追いつくために上げた」という形になります。1か月早ければ、少なくとも「うちが決めて上げた」という形にはなる。
外から見れば、たった1か月の違いです。けれど、受け取る側の意味は変わるはずだと思っています。
決めるより、伝えるほうが時間がかかる
正直に書けば、170万円という数字は、胸を張って見せられるほど大きなものではないかもしれません。物価の上がり方を思えば、これで暮らしが楽になりますとは言えない。
それでも、黙って渡すのは違うと思うのです。金額の大きさで納得してもらえないのなら、なおさら、なぜこの形にしたのかを自分の口で説明するしかありません。
賃金表をつくるのに使った時間より、それを伝える言葉を考える時間のほうが長くなりそうです。地味で、少し気の重い作業です。ただ、この作業を飛ばした賃上げは、たぶん半年後には忘れられています。
9月の給与明細が出る前に、話す場をつくります。
木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)


コメントを残す