世間はお盆休みに入りました。帰省の渋滞、羽田や新千歳の混雑、故郷でくつろぐ家族の姿。ニュースを眺めながら、私はいつも、同じ時刻に淡々と朝の申し送りをしている自分たちの現場のことを思います。
介護の仕事に、暦の上の休みはありません。利用者さんの暮らしは、盆も正月も、一日も止まらないからです。今日はその「止まらない現場」を、経営者としてどう支えるかという話を書きます。
誰かが休む日は、誰かが出ている
お盆にシフトを組むたびに、いつも胸の奥がざわつきます。この日にAさんを休ませれば、そのぶんBさんが出勤する。全員を平等に休ませることは、どうやってもできない。限られた人数で暮らしを支えるとは、そういうことなのだと、毎年この時期に思い知らされます。
経営者として気をつけているのは、「回っているから大丈夫」と安心してしまわないことです。表面上シフトが埋まっていても、その裏では、家族との時間を後回しにして出てくれている職員がいる。回っているのは、誰かの我慢の上に成り立っている。その事実から目を背けた瞬間に、経営は現場と静かに乖離していくのだと思います。
「ありがとう」を、仕組みとして残す
では、休めない日に出てくれた人に、経営者は何を返せるのか。口先の感謝だけでは足りません。感謝は尊いものですが、揮発します。だからこそ、報いは仕組みとして形に残す必要があると考えています。
盆や年末年始の出勤に手当をつける。代わりの休みを、後日きちんと取れるように段取りする。誰がどれだけ繁忙期に出てくれたかを記録し、次の評価や配置に反映する。派手なことではありませんが、こうした地道な仕組みこそが、「見てくれている」という安心につながります。逆に、繁忙期の頑張りが記録にも処遇にも残らない職場では、人は静かに疲れ、静かに離れていきます。
私自身、手当の額を見直すたびに帳簿とにらめっこして、ため息をつくこともあります。それでも、休めない日に出てくれた人への報いを削ることだけは、最後にしたい。そこを削れば、いちばん大事なものが崩れてしまうからです。
経営者にできる、いちばん小さなこと
大きな制度の話をしましたが、いちばん効くのは、案外もっと小さなことかもしれません。盆の当番に出てくれた職員に、経営者自身がひと言、直接ねぎらいを伝える。それだけで、現場の空気は確かに変わります。
私はできるだけ、繁忙期の現場に顔を出すようにしています。エアコンの効いた事務所で数字を眺めているだけでは、見えないものが多すぎるからです。汗をかいて働く人の隣に立って、初めて分かることがある。経営の判断は、その手触りの上にしか、正しく成り立たないと感じています。
止まらない現場を、当たり前にしない
社会が休んでいる間も、暮らしを止めないために出てくれる人がいる。この当たり前を、当たり前として消費してしまわないこと。それが、経営者に課された静かな責任だと思っています。
お盆の数日、現場に立ってくれているすべての職員に、心から感謝しています。そして、その感謝を言葉だけで終わらせず、来年のシフトと処遇に少しでも形にして返していく。それが、経営という仕事を預かる私の、変わらない宿題です。暑い日が続きます。休める人は休み、出る人には報いる。その両輪を、これからも回していきます。
木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)


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