お盆に、自分の仕事を語るということ ― 帰省が、いちばん手軽なキャリアの棚卸し

お盆に、自分の仕事を語るということ ― 帰省が、いちばん手軽なキャリアの棚卸し

お盆が近づいてきました。帰省の予定を立てている方も多いと思います。久しぶりに実家に帰れば、親や親戚、地元に残った旧友と顔を合わせることになる。そして、ほぼ間違いなく聞かれます。「仕事はどう?」と。

たわいのない世間話です。けれど私は、この何気ない一言が、じつは一年でいちばん手軽なキャリアの棚卸しになるのではないかと、最近になって思うようになりました。

「どう?」に、うまく答えられない年がある

介護の仕事をしていると、答え方はその年によってずいぶん変わります。手応えのある一年なら、聞かれてもすらすらと言葉が出てくる。逆に、忙しさに飲まれて自分を見失いかけている年は、「まあ、ぼちぼちだよ」でお茶を濁してしまう。

私にも、そういう年がありました。悪いことがあったわけではないのに、自分の仕事を人に語る言葉が、なぜか出てこない。あのときの少し居心地の悪い感じは、いま振り返れば、立ち止まって考える余白がなかったことの、静かな知らせだったのだと思います。

キャリアコンサルタントとして面談をしていても、似た場面によく出会います。「自分の仕事を人にどう説明していいか、わからなくて」。そう口にする方は、決して仕事ができないわけではありません。むしろ真面目に働いているからこそ、目の前のことに没頭して、自分が何をしているのかを言葉にする機会を、いつのまにか失っているのです。

語ることは、いちばん短い自己対話

面談室で問いを立てるのも、帰省先で「どう?」と聞かれるのも、突きつめれば同じことなのだと思います。誰かに向けて自分の仕事を語ろうとした瞬間、私たちは初めて、自分がこの一年で何をしてきたのかを、頭の中で並べ直すことになる。

不思議なもので、人に説明しようとすると、自分でも気づいていなかったことが見えてきます。「ああ、あの利用者さんとのやりとりは、けっこう嬉しかったんだな」とか、「新人に教えるのが、思ったより性に合っているのかもしれない」とか。語る相手がいるからこそ、心の奥にしまい込んでいた手応えが、言葉になって表に出てくる。これは一人で日記に向かうのとは、また違う効き目があります。

だから、帰省先で仕事の話を振られたら、面倒がらずに、少しだけていねいに答えてみてほしいのです。相手を楽しませるためではなく、自分のために。

誇らなくていい、飾らなくていい

とはいえ、立派に語る必要はまったくありません。「今年はしんどかった」でもいい。「正直、迷っている」でもいい。むしろ、その正直な一言のほうが、あとから自分を助けてくれることがあります。

介護の仕事は、外から見えにくい仕事です。家族にも、その大変さやささやかな喜びは、なかなか伝わりません。だからこそ、うまく飾らずに「こういうところが大変で、こういうときに救われる」と話してみる。その言葉を、いちばん近くで聞いているのは、ほかならぬ自分自身です。

私自身、経営や法人の話ばかりが増えていた年に、母に「で、あんたは何がしたいの」とあっさり聞かれて、言葉に詰まったことがあります。答えられなかったことが、その後しばらく、自分の胸に小さく残りました。あの問いがあったから、翌年は少し軌道を戻せた。身内のそっけない一言は、ときに、どんな研修よりも効きます。

盆の数日を、静かな区切りに

お盆は、亡くなった方を迎え、送る時季です。いのちのつながりに手を合わせるこの数日は、自分がどこから来て、どこへ向かっていくのかを考えるのに、ふさわしい区切りでもあると感じています。

大げさなことをする必要はありません。帰省の道すがら、あるいは「仕事はどう?」と聞かれたその瞬間に、ほんの少しだけ立ち止まってみる。それだけで、後半戦の歩き方は、きっと変わってきます。

暑い日が続きます。休めるときはしっかり休んで、そして誰かに自分の仕事を語る機会があったら、それを小さな棚卸しの時間にしてみてください。私もこのお盆、実家で聞かれたら、今年こそ少していねいに答えてみようと思っています。


木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)

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