夏に、基本へ立ち返る ― 教える側こそ、学び直す季節

夏に、基本へ立ち返る ― 教える側こそ、学び直す季節

介護福祉士国家試験の受験申込が始まり、夏は資格を目指す人にとって、腰を据えて学ぶ季節でもあります。私が教壇に立つのは冬の数か月ですが、この時期になると、これから現場に出ていく人たちが机に向かっている姿が、なんとなく思い浮かびます。

一方で現場に目を向けると、4月に入った新人が、そろそろ仕事に慣れてくる頃です。慣れは、ありがたいことであると同時に、少し怖いことでもある。夏は、その両方を静かに見つめ直すのに、ちょうどよい区切りだと感じています。

慣れた手が、いちばん危うい

移乗の介助、食事の見守り、ちょっとした声かけ。何百回と繰り返すうちに、手は勝手に動くようになります。それ自体は成長の証なのですが、動きが速くなるほど、「なぜそうするのか」が体から抜け落ちていく。事故やヒヤリの多くは、知らないから起きるのではなく、慣れて確認を飛ばしたところで起きます。

これは新人だけの話ではありません。むしろ長くやっている私たちほど、自分の型が正しいと信じ込んで、いつのまにか我流に傾いていることがある。夏の落ち着いた時間に、基本の一つひとつを口に出して確かめ直すことには、思っている以上の意味があると考えています。

「なぜそうするのか」を言葉にできるか

教えるという仕事のありがたいところは、自分がいちばん学び直させられる点にあります。新人に「どうしてこの向きで支えるんですか」と素朴に聞かれて、うまく答えられずに冷や汗をかいた経験は、私にも何度もあります。手は覚えていても、理屈を言葉にできないことは、案外多いのです。

言葉にできない技術は、その人の代限りで終わってしまいます。逆に、「なぜ」を語れるようになった技術は、次の世代へ手渡していける。教える側が学び直すというのは、きれいごとではなく、現場の知恵を絶やさないための、ごく実際的な営みなのだと思います。

夏の30分、若手と基本を一つ確かめる

大げさな研修を組む必要はありません。忙しい合間に、たとえば移乗を一つ取り上げて、若手と一緒に「なぜこの手順なのか」を確かめ合う三十分。それだけでも、教える側と教わる側の双方に、確かなものが残ります。

秋になれば、また現場は慌ただしくなります。だからこそ、少し息のつけるこの夏のうちに、当たり前になりすぎたことへ、もう一度ていねいに向き合っておきたい。学び続ける人の背中こそが、いちばんの教材になる。教える立場をいただいている者として、そのことを自分に言い聞かせながら、この夏を過ごしています。


木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)

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