毎年この時期になると、最低賃金の引き上げをめぐるニュースが続きます。今年もまた、なかなか大きな数字が動いていて、経営者としては手放しでは喜べない、複雑な気持ちで報道を眺めています。
賃金が上がること自体は、働く人にとって歓迎すべきことです。私も、介護で働く人の処遇はもっと上がってほしいと本気で思っています。ただ、それを支払う側に回ると、話はそう単純ではありません。以前この場で書いたとおり、介護は自分の判断で値上げのできない、公定価格の世界だからです。
「うちは最低賃金より上だから関係ない」ではない
最低賃金の話をすると、「うちの時給はもともとそれより高いから」とおっしゃる方がいます。気持ちは分かりますが、そこには落とし穴があります。
最低賃金が大きく上がると、下からぐいと押し上げられます。これまで新人と先輩のあいだにあった差が、気づけばほとんどなくなっている。「あとから入った人と自分の時給が同じ」と先輩職員が感じれば、当然、不満が生まれます。最低賃金そのものより、この賃金の「重なり」のほうが、現場の空気には効いてきます。他人事ではないのです。
八月のうちに、やっておきたい三つのこと
答申は出ても、実際に発効するのは十月です。この二か月ほどの猶予を、事務手続きの待ち時間で終わらせるのはもったいない。私が八月のうちに手をつけておきたいと考えているのは、次の三つです。
- 逆転と圧縮のチェック。 新しい最低賃金を前提に、時給・日給の一覧を並べ直します。最低賃金を下回る人がいないかはもちろん、先輩と新人の差が不自然に縮んでいないかまで見ておく。
- 人件費への影響の試算。 引き上げ後の人件費が、年間でどれだけ増えるのかをざっくりでも数字にしておく。処遇改善加算の使い道や配分とあわせて、全体で辻褄が合うかを確かめます。
- 説明の言葉を用意する。 賃金表を直すなら、なぜこう変えたのかを職員に伝える言葉が要ります。数字だけを配ると、かえって不信を招きます。
上げるからには、意味のある一円に
正直に言えば、公定価格が据え置かれたまま人件費だけが上がっていく構造は、経営者にとって相当に苦しいものです。それでも、賃金を上げるのなら、ただ最低賃金に追随して底上げするのではなく、頑張っている人にきちんと報いる形にしたい。同じ一円を払うのなら、そこに意味を持たせたいと思うのです。
十月はすぐに来ます。慌てて帳尻を合わせるのではなく、八月のうちに一度、腰を据えて賃金と向き合っておく。地味な作業ですが、これをやっておくかどうかで、秋の景色はずいぶん変わると感じています。
木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)


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