面談で、現場の中心になっている職員から「自分は主任やリーダーにはなりたくないんです」と言われることがあります。若いころの私なら、少し残念に思ったかもしれません。せっかく力があるのに、なぜ上を目指さないのか、と。
けれど、キャリアコンサルタントの勉強をし、経営者として何人もの職員を見てきたいまは、その言葉を前より丁寧に受け止められるようになりました。今日は、介護の現場でつい当たり前になっている「昇進=キャリアアップ」という一本道について、少し立ち止まって考えてみたいと思います。
「上を目指さない=向上心がない」ではない
管理職になりたくない、と口にする職員を、意欲がないと決めつけるのは早すぎます。
話をよく聴いていくと、理由はさまざまです。ご利用者と直接向き合う時間こそが自分のやりがいなのだ、という人。会議や書類、シフト調整といった管理業務に、自分の時間を割きたくないという人。子育てや介護を抱え、いまは責任の重い立場を選べないという人。どれも、その人なりの筋の通った選択です。
むしろ、現場で手を動かし続けたいという気持ちは、介護という仕事の本質に触れているとも言えます。それを「向上心がない」の一言で片づけてしまうのは、あまりにもったいない。
一本道しか用意していない側の問題
問題は、本人の側ではなく、事業所の側にあることも多いのだと、最近は思うようになりました。
多くの介護事業所では、キャリアアップの道が「一般職員 → リーダー → 主任 → 管理者」という一本しか用意されていません。この道に乗らない限り、給料も肩書きも上がっていかない。そうなると、現場を極めたい人は、行き止まりに立たされてしまいます。
本当は、道はもっとあっていいはずです。認知症ケアの専門性を深める道。看取りや医療的ケアに強くなる道。新人を育てる指導の名人になる道。管理職にならなくても、専門職として敬われ、それに見合う処遇を受けられる。そういう「もう一本の道」を用意できていないのは、私たち経営する側の宿題です。
潰れていく姿を、何度も見てきた
正直に書きます。現場で輝いていた職員を、無理に管理職に引き上げて、潰してしまった苦い記憶が私にはあります。
ケアの腕は一流でも、人のマネジメントやシフトの調整は、まったく別の能力です。得意でないことを日々押しつけられ、本来の強みを発揮する時間を失い、やがて表情が曇っていく。「昇進させてあげた」つもりが、その人からいちばん大事なものを奪っていた。あとから気づいて、ずいぶん悔やみました。
昇進は、褒美のようでいて、時に人を追い詰めます。誰にでも合う一着ではないのだと、痛い思いをして学びました。
「なりたくない」の奥にある声を聴く
とはいえ、「なりたくない」という言葉を額面どおりに受け取るだけでも足りません。
その奥には、いくつもの声が隠れていることがあります。本当はやってみたいけれど自信がない、という不安。前に責任ある立場で嫌な思いをした、という過去。いまは家庭の事情で無理だが、数年後なら考えたい、という保留。キャリア面談で私が心がけているのは、結論を急がず、その一言の背景をゆっくりほどいていくことです。
自信のなさが理由なら、少しずつ経験を積める場をつくればいい。時期の問題なら、いまは現場で力を蓄えてもらい、また折を見て声をかければいい。「なりたくない」は終着点ではなく、対話の出発点なのだと思います。
それぞれの職業人生に、敬意を
今日の午後、私は賃金構造の調査で、事業所の職員の給与データを一人ひとり入力する予定です。年齢も、勤続年数も、働き方も、みんな違う。数字の並びを見ていると、その一行一行の向こうに、それぞれの職業人生があるのだと、あらためて感じます。
全員が同じ坂を登る必要はありません。上へ、上へと急かすのではなく、この人はどの道を歩みたいのか、その道をこちらは用意できているのか。そう問い直すことが、人が辞めずに長く働ける事業所をつくる、遠回りのようでいちばん確かな道なのだと、いまは思っています。
「主任にはなりたくない」。その一言を、残念がるのではなく、ありがたく受け止められる自分でいたい。そう思いながら、今日の面談に臨みます。
木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)


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