速くなった分、どこに戻すか ― AIで浮いた時間の使い道を考える

速くなった分、どこに戻すか ― AIで浮いた時間の使い道を考える

このところ、事務作業に生成AIを使う話をこの場でも何度か書いてきました。運営指導の想定問答、家族向けのお便り、熱中症のマニュアル。どれも「作業が速くなった」という手応えのある話です。

最近ひとつ、自分に問い直していることがあります。速くなった分の時間を、私たちはどこに戻せているのだろうか、ということです。

浮いた時間が、消えていく

正直に書くと、私自身、浮いた時間を上手に使えているとは言い切れません。

書類の下書きが三十分で終わると、たしかに三十分が浮きます。ところが、その三十分は気づけば別の書類や、たまっていたメールの返信に吸い込まれている。速くなったはずなのに、夕方の疲れ方はあまり変わらない。むしろ、こなせる量が増えたぶん、頭の中はいつも次の作業でいっぱいになっている気さえします。

これは、私だけの話ではないと思います。効率化を進めると、空いた時間はたいてい、新しい作業で埋め戻される。放っておくと、「速くなったから、もっとやれる」という方向にばかり働いてしまう。

何のために速くしたかったのか

そこで立ち止まって考えます。そもそも、私はなぜ事務を速くしたかったのか。

答えははっきりしています。職員が、ご利用者の前にいる時間を少しでも増やしたかったからです。記録に追われて、目の前の人の小さな変化を見逃す。そんな現場を減らしたくて、AIの話を始めたはずでした。

だとすれば、浮いた時間を次の事務で埋めてしまうのは、目的と手段が入れ替わっている、ということになります。速くすること自体が目的になってしまえば、いくら効率化しても、現場は少しも楽にならない。

時間を「人」に戻す

では、浮いた時間をどこに戻すか。私が今、意識しているのは大きく二つです。

ひとつは、ご利用者との時間。記録の下書きがAIで片づくなら、その分、フロアに立つ。話を聞く。表情を見る。介護の質は、結局のところ、こういう時間の総量に支えられています。数字には出にくいけれど、いちばん大事なところです。

もうひとつは、職員と向き合う時間。管理者やリーダーが事務から解放されたら、そのぶんを部下との面談や、ちょっとした立ち話に回してほしいと思っています。「最近どう?」の一言をかける余裕。AIが生み出すべきは、その余裕なのだと思います。

皮肉なことに、AIをどれだけ使っても代われないのは、まさにこの「人と人が向き合う時間」です。だからこそ、機械に任せられる部分は任せて、人にしかできないところに時間を寄せていく。順番はそうあるべきだと感じています。

週末に、自分の時間割を見直す

とはいえ、平日の渦中でこれを考えるのは難しい。目の前の作業を片づけることに、どうしても意識が向いてしまいます。

だから週末の、少し頭が静かなときに、自分の一週間の時間割をぼんやり眺めてみるようにしています。この作業はAIに任せられたか。浮いた時間は、ちゃんと人に戻せていたか。戻せていなかったとしたら、来週はどこに戻すか。

たいそうな振り返りではありません。コーヒーを飲みながら、五分ほど考えるだけです。それでも、「速くすること」に飲み込まれずに済む、ささやかな歯止めにはなっています。

AIは、時間を作る道具です。けれど、その時間を何に使うかまでは、決めてくれません。そこだけは、私たち自身が決めなければいけない。速くなった今だからこそ、あらためてそう思っています。


木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)

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