自分の意志を、残される人へ ― 千歳市とつくったエンディングノート

自分の意志を、残される人へ ― 千歳市とつくったエンディングノート

今朝の北海道新聞(道央版)に、私たちNPO法人ちとせの介護医療連携の会が、千歳市とともに製作したエンディングノートの記事が載りました。見出しは「自分の意志 残される人に」。

会議室で何度も言葉を練り、「この項目は本当に要るのか」「書く人の負担になっていないか」と話し合ってきた一冊が、こうして紙面に並んでいます。関わってくれた仲間や市の担当の方の顔が、順番に浮かびました。今日はその話を、少しだけ書かせてください。

エンディングノートは、遺言ではない

エンディングノートというと、「縁起でもない」「まだ早い」と身構える方が多いように思います。実際、私も以前はそうでした。

しかしながら、これは遺言書ではありません。財産の相続を法的に決める書類ではなく、もし自分の意志を伝えられなくなったとき、残される人が迷わないように、自分の考えをあらかじめ書き留めておくためのものです。

どんな医療やケアを望むのか。どこで、どんなふうに過ごしたいのか。誰に知らせてほしいのか。大切な人へ、伝えそびれている言葉はないか。答えのない問いばかりです。だからこそ、元気なうちに、自分のペースで、少しずつ書いておく意味があります。

なぜ、私たちの会がこれをつくったのか

「介護と医療の連携」を名前に掲げる私たちの会が、なぜエンディングノートに取り組んだのか。理由はシンプルです。

現場にいると、本人の意志が分からないまま、最期の場面を迎えてしまうことが、決して珍しくないからです。救急の現場で、家族が「どうしたらいいのか分からない」と立ち尽くすこともあります。医師も、介護職も、ご本人の望みを推し量るしかない。そんな場面を、私たちは何度も見てきました。

本人が元気なうちに意志を残しておけば、その一冊が、医療と介護と家族をつなぐ共通の土台になります。まさに、私たちが日頃やろうとしている「連携」そのものです。ノートという形をとってはいますが、これは連携の道具なのだと思っています。

市と会が、一緒につくるということ

今回のノートは、千歳市と私たちの会が一緒に製作しました。ここに、私はひとつの意味を感じています。

行政だけでは、現場の肌感覚まで届きにくい。私たちのような民間の法人だけでは、市民全体に広く届ける力に欠ける。どちらか一方では、こぼれ落ちるものがある。行政の広がりと、現場の実感。その両方が重なったからこそ形になったのだと思います。

地域連携という言葉は、会議室で交わされているうちは、どうしても抽象的なままです。それが「一冊のノート」という手に取れるものになった。連携が具体的な成果に変わる瞬間を、今回あらためて実感しました。

書いてみて、初めて分かること

偉そうに書いていますが、私自身、まだ全部は埋められていません。医療の希望のところで、ペンが止まります。改めて自分に問い直すと、案外、答えが出てこないのです。

でも、それでいいのだと思っています。エンディングノートは、一気に完成させるものではありません。書けるところから書き、考えが変われば書き直す。書く作業そのものが、自分の人生と、残したい人たちを見つめ直す時間になります。

一度書いて終わり、ではなく、折にふれて開き直す。そういう付き合い方ができる一冊であってほしいと願っています。

手に取ってもらえる人へ

このノートが、千歳のどこかで、誰かの食卓に置かれる。その人が、大切な家族のことを思いながらページを開く。想像すると、つくってよかったと素直に思います。

「まだ早い」と感じる方こそ、元気な今だからこそ書けることがあります。ご自身のために、そして何より、あなたを大切に思う人が困らないために。よかったら、手に取ってみてください。

これからも、介護と医療、そして地域をつなぐ小さな仕事を、一つひとつ積み重ねていきたいと思います。


木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)

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