教科書の知識を、現場で活きる力に ― 資格を学ぶ夏に、伝えたい一つのこと

教科書の知識を、現場で活きる力に ― 資格を学ぶ夏に、伝えたい一つのこと

はじめに ― 「覚えたのに、動けない」という夏

おはようございます。木下です。

この時期になると、実務者研修や介護福祉士の受験に向けて、机に向かう方が増えてきます。仕事を終えたあと、あるいは休みの日に、分厚いテキストを開いてマーカーを引く。その姿を思い浮かべるだけで、私は頭が下がる思いがします。暑さで体力を奪われる夏に、それでも学ぼうとする ― それ自体が、もう立派な専門職の姿だと思うのです。

ただ、非常勤講師として教壇に立ってきた経験から、一つだけお伝えしておきたいことがあります。それは、「覚えること」と「使えること」は、実は別の力だということです。試験には受かったのに、いざ現場に立つと動けない。逆に、資格を取る前からご利用者の変化によく気づく人がいる。この差はどこから来るのか。今日は、学びの夏のただ中にいる方へ、その一点だけを絞ってお話ししたいと思います。

知識は「引き出し」、現場は「その場の判断」

テキストに書かれている知識は、たとえるなら整理された引き出しです。褥瘡(じょくそう)の予防、誤嚥のリスク、認知症の中核症状 ― どれも大切で、まず頭に入れておかなければ話が始まりません。

けれど現場は、引き出しを順番に開けている時間をくれません。目の前のご利用者が、いつもより口数が少ない。食事の進みが遅い。その小さな違和感に「あれ?」と気づけるかどうか。そこから「もしかして脱水かもしれない」「昨日と比べてどうだったか」と手を伸ばせるかどうか。知識を引き出しにしまうだけでなく、必要な瞬間にサッと開ける ― その素早さこそが、現場で問われる力なのだと、私は思っています。

そして厄介なことに、この「開ける力」は、暗記だけでは育ちません。育つのは、いつも同じ場面 ― 目の前の一人をよく見て、「なぜだろう」と考えたときです。

「なぜ」を一つ、足してみる

では、学びの夏に何ができるか。私がお勧めしたいのは、とてもささやかなことです。テキストで一つ覚えたら、現場の誰かの顔を一つ思い浮かべる。それだけです。

たとえば「水分摂取の目安」を覚えたなら、担当しているあの方は昨日どれくらい飲んでいただろう、と思い出してみる。「傾聴」という言葉を学んだなら、この前うまく話を聞けなかったあの場面は、何が足りなかったのだろうと振り返ってみる。

知識と、実在する誰かの顔がつながった瞬間に、その知識は初めて「使える」ものに変わります。試験のための暗記が、明日の仕事の支えに変わる。私はこれを、学生にも新人にも、口を酸っぱくして伝えてきました。教科書の一行の向こうに、必ず生きている人がいる。そのことを忘れなければ、学びはただの受験勉強で終わりません。

教える側もまた、学び続けている

こう書きながら、実は自分自身に言い聞かせてもいます。人に教える立場になると、つい「もう分かっている」という顔をしてしまう。けれど介護の制度も技術も、毎年のように変わっていきます。去年正しかったことが、今年はもう古い ― そんなことも珍しくありません。

だからこそ、教える側も学ぶ側も、本当は同じ地平に立っているのだと思います。先に現場に立った者が、少しだけ先を歩いて手招きをする。介護の教育とは、そういう関係なのかもしれません。夏の暑さの中でテキストに向かう方がいるなら、私も横で自分の学びを続けていたい。そんな気持ちでこの文章を書いています。

おわりに ― この夏の一問一答を、秋の一歩に

資格は、取ってしまえば通過点です。けれど、そこに向かって学んだ時間は、確実にあなたの中に残ります。特に「なぜだろう」と一つずつ立ち止まった経験は、試験が終わったあとも、現場でご利用者と向き合うたびに効いてきます。

暑さで集中が続かない日もあると思います。それでいいのです。一日一問でも、その一問の向こうに誰かの顔を思い浮かべられたなら、その学びは必ず秋の一歩につながります。

学びの夏を歩んでいるすべての方に、心からのエールを送ります。無理をせず、水分をしっかりとって、どうか体を大事にしながら。

今日も、良い一日をお過ごしください。

木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師
国家資格キャリアコンサルタント

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