はじめに ― 「また一から説明ですか」という、あの一言
おはようございます。木下です。
介護の現場で生活相談員をしたころ、よく利用者のご家族から、こんな言葉をいただきました。
「病院が変わるたび、事業所が変わるたび、母のこれまでを一から説明しないといけない。もう、何度目でしょうね」
半分は笑っておられましたが、半分は本当にお疲れの様子でした。私はその場で頭を下げるしかありませんでしたが、同時に「この仕組みそのものを、そろそろ何とかしないといけない」とも思いました。
その「構造そのもの」を変えていく取り組みが、今年(2026年)4月から、準備の整った地域より順次動き始めています。介護情報基盤です。今日は、この基盤が地域に何をもたらすのか、介護サービス事業者の視点と、地域住民・利用者の視点の両方から、私なりに整理しておきたいと思います。
介護情報基盤とは何か
介護情報基盤は、政府が進める 「全国医療情報プラットフォーム」の介護分野版 として構築されているしくみです。介護保険法の改正を根拠に、これまで事業所ごと・自治体ごとにバラバラに管理されてきた利用者の介護情報を、本人の同意のもとで、関係者間で共有・閲覧できるようにするものです。
共有の対象として想定されているのは、次のような情報です(厚生労働省の資料より)。
- 要介護認定情報(認定調査票、主治医意見書、要介護度、被保険者証情報など)
- ケアプラン(居宅・施設サービス計画書、週間サービス計画表、サービス利用票など)
- LIFE情報(科学的介護情報システムのデータ・利用者フィードバック票)
- 介護給付費(レセプト)情報、住宅改修費の利用情報 など
そして最大の狙いは、医療分野の電子カルテ情報共有サービスと接続することで、医療と介護をまたいだ情報連携を実現する点にあります。私たちが千歳で「顔の見える関係づくり」として積み上げてきたことを、今度は国の制度が下から支えてくれる。そういう段階に入ってきた、ということです。
いつから始まるのか ― 「一斉」ではなく「順次」
ここは正確に押さえておきたいところです。介護情報基盤は、全国一斉にスイッチが入るわけではありません。
- 2026年(令和8年)4月1日以降、システムの標準化対応が完了した市町村から、順次、介護保険システムから基盤へのデータ移行と、基盤経由での情報共有を開始
- 2028年(令和10年)4月1日までに、全市町村でデータ移行を含めて完了し、基盤の活用を本格化することを目標
つまり、今この瞬間(2026年7月)は、準備の整った市町村・事業所から動き出している「立ち上がりの時期」です。市町村によって導入時期には差があり、東京23区など大規模保険者ではやや遅れる見込みも示されています。「うちの地域はいつからか」を、まず確認するところから始まります。
介護サービス事業者にとってのメリット
まずは、私たち事業者側から見ていきます。
| 項目 | 具体的なメリット |
|---|---|
| 情報収集の効率化 | 認定情報・主治医意見書・入院先の情報などを、本人同意のもとオンラインで確認でき、家族への聞き取りや紙のやり取りが減る |
| アセスメント・ケアプランの質向上 | 過去の経緯や医療情報を踏まえた根拠あるケアが可能になり、初回受け入れ時の情報不足が解消される |
| 医療機関との連携強化 | 入退院時に服薬・病状・処置の情報がスムーズに引き継がれ、退院直後の状態悪化リスクを下げられる |
| 事務負担の軽減 | 手書きの情報提供書やFAX、電話照会が減り、転記ミスも防げる |
| 災害・緊急時の備え | 事業所のデータが失われても基盤側に情報が残り、事業継続に役立つ |
| 多職種連携の円滑化 | ケアマネ・訪問看護・デイ・ヘルパー等が同じ情報を見られ、支援方針のズレが減る |
私が特に大きいと感じているのは、初回受け入れ時の「情報の空白」が埋まることです。新しく担当する利用者について、これまでは断片的な情報から手探りでアセスメントを組み立ててきました。その空白が、根拠あるデータで埋まる。これは、ケアの質そのものを底上げします。
地域住民・利用者にとってのメリット
ここが、今日いちばんお伝えしたい点です。この基盤は、事業者の効率化のためだけのものではありません。いちばんの当事者は、地域で暮らすご本人とご家族です。
| 項目 | 具体的なメリット |
|---|---|
| 説明の手間が減る | 事業所や病院が変わるたびに、既往歴や介護の経緯を一から説明し直す負担が軽くなる |
| 切れ目のないケア | 入院→退院→在宅、事業所が変わっても情報が引き継がれ、一貫した支援を受けられる |
| 安全性の向上 | 服薬情報や既往症が共有され、重複投薬や医療事故のリスクが下がる |
| 緊急時の安心 | 救急搬送や急な体調変化のとき、本人が説明できなくても必要な情報が関係者に伝わる |
| 本人主体の管理 | 誰にどの情報を共有するかを本人の同意で決められる |
| 家族の負担軽減 | 遠方の家族が付き添えなくても、専門職間で情報が共有され支援が回る |
冒頭のご家族の「また一から説明ですか」という一言。あれは、制度の隙間が、そのままご家族の負担になっていたということです。介護情報基盤は、その隙間を、人の善意や気力だけに頼らずに埋めていくしくみです。それだけでも、大きな前進だと思います。
留意しておきたいこと ― 「同意」という大前提
もちろん、良いことばかりではありません。実務の現場では、次の点を丁寧に押さえる必要があります。
- 本人同意が前提:情報共有には利用者本人(またはご家族)の同意が前提です。ただし、認知症などで意思表示が難しい方も多く、「どの情報の閲覧にどこまで同意が必要か」については、厚生労働省が現在も具体的な運用ルールを検討している段階です。この動向は注視しておく必要があります。
- システム・環境の整備:介護ソフトの基盤対応、電子証明書やカードリーダーの導入などが前提になります。国は2024年度補正予算で「介護関連データ利活用に係る基盤構築事業」を設け、事業所の環境整備費を補助しています。使える助成は、早めに確認しておきたいところです。
- 段階的な普及:前述のとおり2026年から2028年にかけて順次拡大していきます。焦らず、しかし着実に準備を進めることが大切です。
- ケアプランデータ連携システムとの統合:2025年夏の事務連絡で、既存の「ケアプランデータ連携システム」を介護情報基盤に統合していく方針が示されました。すでに連携システムを使っている事業所は、この移行の流れも合わせて把握しておくとよいでしょう。
特に「同意」は、単なる書類手続きではありません。「あなたの情報を、より良いケアのために、こういう範囲で共有します」と、言葉できちんと説明し、納得していただくこと。この説明を省かないことが、基盤をきちんと機能させる土台になります。制度の細部がまだ固まりきっていない今だからこそ、現場での運用の積み重ねが、これからのルールづくりにもつながっていくはずです。
おわりに ― 制度が、現場の思いに追いついてくる
私は長年、地域連携の現場で「情報がつながらない」もどかしさと向き合ってきました。同じ利用者のことを、みんなが少しずつしか知らない。その断片を、電話とFAXと記憶でつなぎ合わせてきた日々でした。
介護情報基盤は、そのもどかしさに、制度の側から一つの答えを出そうとしています。現場が長く「こうなってほしい」と思ってきたことに、制度がようやく追いついてきた。正直、そんな思いで受け止めています。
大切なのは、この基盤を「効率化の道具」で終わらせないことです。空いた時間を、事務ではなく、目の前の一人ひとりと向き合う時間に変えていく。そこまでいって、この基盤はようやく地域を変えたと言えるのだと思います。
千歳のまちで、「また一から説明ですか」という言葉を、いつか過去のものにできるように。私も、できる準備から始めていきます。
今日も、良い一日をお過ごしください。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師
国家資格キャリアコンサルタント


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