ここ数年、現場から相談を受ける内容が、確実に変わってきたと感じています。かつては「サービスをどう組み立てるか」という話が中心でした。けれど最近、私のところに持ち込まれる困りごとの多くは、「この方には、頼れる身寄りがいない」という一点に行き着くのです。
入院の同意書に署名する人がいない。施設入所の保証人が立てられない。亡くなったあと、誰がお見送りをするのか。――支援の現場で、こうした問いに立ち止まる場面が、目に見えて増えています。今日は、地域連携に携わる一人として、この「身寄りのない高齢者をどう支えるか」について書いてみたいと思います。
「家族がいない」は、もう特別なことではない
単身で暮らす高齢者は年々増え続け、その中には、家族と疎遠であったり、配偶者にも子にも先立たれたりして、実質的に頼れる人がいない方が少なくありません。国もようやくこの問題に正面から向き合い始め、身寄りのない高齢者を地域で支えるための指針づくりや、保証人がいないことを理由に入院・入所を断らないよう求める通知が、近年相次いで出されてきました。
それでも現場では、「保証人がいないと受け入れられない」という慣行が、まだ根強く残っています。気持ちは、よく分かります。万が一のとき、誰が責任を持つのか――その不安を、一つの事業所だけで抱えるのは、あまりに重いからです。
だからこそ、この問題は「事業所が個別に頑張る」話ではなく、「地域でどう備えるか」という連携の話なのだと、私は考えています。
一つの事業所では、抱えきれない
身寄りのない方を支えるとき、必ずぶつかるのが「本人の意思を、誰がどう確かめ、誰が最後に決めるのか」という壁です。
判断能力が十分なうちであれば、ご本人の希望をていねいに聴き、記録に残しておくことができます。けれど認知症が進み、自分で意思を示すことが難しくなったとき――医療同意、財産の管理、最期の迎え方。これらを、現場の善意だけで背負うことはできません。
ここで力を発揮するのが、地域に張りめぐらされた連携のネットワークです。
- 地域包括支援センター・社会福祉協議会 ― 日常生活自立支援事業や、後見制度につなぐ入り口として
- 成年後見制度・市民後見人 ― 判断能力が低下した方の権利を守り、意思決定を支える仕組みとして
- 医療機関 ― 身元保証人がいない場合の対応を、あらかじめ地域で話し合っておくこと
一つの事業所が孤立して悩むのではなく、こうした地域の資源と早い段階でつながっておくこと。それが、いざというときに「断らない」ための、いちばん確かな備えになります。
「元気なうち」から始める意思決定支援
そしてもう一つ、私が大切にしたいと思っているのが、まだ判断できるうちに、ご本人と一緒に「これから」を考えておくという関わりです。
「もしものとき、どんな治療を望みますか」「お金や持ち物のことは、誰に託したいですか」「最期は、どこで過ごしたいですか」。こうした話は、切り出しにくいテーマです。けれど、信頼関係のあるケアマネジャーやヘルパーが、日々の何気ない会話の中で、少しずつ本人の思いを聴き取っていく――その積み重ねが、いざというときに「この方は、こう望んでいた」と胸を張って言える、確かな土台になります。
身寄りのない方にとって、その「聴いてくれた人」の存在こそが、家族に代わる支えなのだと、私は現場を見ていて強く感じます。
「最期まで、この地域で」を支えるために
正直に申し上げると、この問題に、きれいな正解はまだありません。制度も道半ばで、現場は手探りです。それでも、千歳という地域で介護と医療の連携に取り組んできた一人として、私は信じていることがあります。
家族がいなくても、つながる人がいれば、人はその地域で最期まで生きていける。
そのための「つながり」を、行政・医療・介護・地域住民が少しずつ重ねていくこと。それこそが、これからの地域連携に課せられた、いちばん大切な宿題なのだと思います。
身寄りのない方を前にして、現場で一人悩んでおられる方がいたら、どうか抱え込まないでください。隣の事業所に、地域包括に、社協に、声をかけてみてください。その一声から、地域の支え合いは始まります。
木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)


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