「見て覚えて」を卒業しませんか ― 入職2か月、6月の新人が本当に求めている指導

「見て覚えて」を卒業しませんか ― 入職2か月、6月の新人が本当に求めている指導

6月も半ばに差しかかりました。4月に入職した新人職員さんたちは、現場に出てちょうど2か月。名前と顔が一致し、一日の流れも覚え、まわりから見れば「だいぶ慣れてきたね」と言われる頃です。けれど私は、この時期こそ新人がいちばん静かに苦しんでいる季節ではないかと思っています。

緊張で乗り切れた4月、無我夢中の5月が過ぎ、6月に入ると、ふと冷静に自分が見えてくる。「同期はもうできているのに、自分はまだ介助に時間がかかる」「忙しそうな先輩に、いまさらこんなことを聞いていいのだろうか」。キャリアコンサルタントとして相談をお受けしていると、若手の離職の引き金は、仕事のきつさそのものよりも、この「聞けないまま取り残されていく感覚」であることが本当に多いのです。

そして、その感覚を生み出してしまう指導の典型が、介護現場に根強く残る「見て覚えて」です。今日は、教育に携わる者のひとりとして、この「見て覚えて」をそろそろ卒業しませんか、というお話をしたいと思います。

「見て覚えて」は、教えているようで教えていない

誤解のないように申し上げると、先輩の介助を見ることそのものは、とても大切な学びです。問題なのは、「見せること」だけで教えたつもりになってしまうことです。

熟練した介護職員の動きには、長年の経験で身体に染み込んだ無数の判断が詰まっています。声をかけるタイミング、力を入れる方向、利用者さんの表情のわずかな変化への反応。本人にとっては「当たり前」になっているからこそ、言葉にされないまま流れていきます。新人がそれを見ても、何がポイントなのか分からない。分からないまま「見たよね? じゃあやってみて」と言われ、うまくできず、「センスがない」と思われる――。これでは、教えていないことをできないと責めているのと同じです。

私は冬の間、北海道介護福祉学校の教壇に立ちますが、授業で痛感するのは、自分が現場で当たり前にやってきたことを言葉にする難しさです。「なぜそこで腰を落とすのか」「なぜ先に声をかけるのか」。問われて初めて、自分の中の暗黙知に気づく。教えるとは、見せることではなく、この暗黙知を言葉にして手渡すことなのだと、教壇に立つたびに思い知らされます。

教え方は才能ではなく、技術です

「教えるのがうまい人」は、生まれつきそうなのではありません。いくつかの型を身につけているだけです。現場ですぐ使えるものを、三つだけ挙げてみます。

一つ目は、「やって見せる前に、見るポイントを伝える」こと。 「これから移乗介助をやるから、私の足の位置だけ見ていて」と一言添えるだけで、同じ場面から新人が受け取る情報量はまったく変わります。漫然と全体を見せるのではなく、今日はここ、と焦点を絞ってあげる。授業づくりでも同じで、一度に伝えることを欲張らないのが、結局いちばんの近道です。

二つ目は、「なぜ」をセットで伝えること。 手順だけを教えられた新人は、状況が少し変わると動けなくなります。「先に環境を整えるのは、介助の途中で手を離さないため」と理由まで手渡しておけば、応用が利くようになります。理由を語れない手順は、実はベテラン自身も根拠を見失っているサインかもしれません。新人への説明は、現場のケアを見直す機会にもなります。

三つ目は、「できたことを言葉にして返す」こと。 私たちはつい、できていないところばかり指摘してしまいます。けれど入職2か月の新人に必要なのは、「先週より声かけが自然になっていたよ」と、自分の成長を事実として確認できる言葉です。迷いの中にいる6月だからこそ、この一言が職業人としての足場になります。

6月にひとつだけ始めるなら、「聞いていい時間」をつくること

仕組みとしてひとつだけ提案するなら、週に一度、15分でかまいません、新人と指導役が一対一で振り返る時間を決めてしまうことです。

「分からないことがあったら、いつでも聞いてね」――善意の言葉ですが、新人にとって「いつでも」は「いつ聞いていいか分からない」と同じ意味です。忙しく動き回る先輩の背中に、新人は声をかけられません。だからこそ、「この時間は、あなたの質問のためにある」と枠で示してあげる。聞くことを新人の勇気任せにせず、仕組みで保障するのです。これは費用のかかる研修制度ではなく、シフト上の小さな工夫だけで始められます。

そしてこの時間は、指導する側の中堅職員をも育てます。新人に説明しようとして初めて、自分の技術と向き合う。「教えることは二度学ぶこと」という言葉のとおり、新人指導は中堅にとって最高の学び直しの機会です。経営の立場から申し上げても、これほど投資対効果の高い人材育成はなかなかありません。

「育てられた記憶」が、次の世代を育てる

私自身、これまで多くの方々に育てていただいて、いまがあります。振り返って思い出すのは、立派な研修よりも、忙しい中で手を止めて「ここはこういう理由でね」と説明してくれた先輩の姿です。あのとき自分は大事にされている、と感じました。その記憶があるから、今度は自分が次の世代に手渡したいと思える。教育とは、そうやって世代を超えてつながっていくものだと信じています。

6月の新人は、技術の未熟さに悩んでいるように見えて、その実、「ここで育ててもらえるのだろうか」という問いの中にいます。その問いに、職場が行動で答える季節が、いまです。「見て覚えて」を卒業し、言葉にして手渡す指導へ。それは新人のためだけでなく、教える中堅を育て、ケアの根拠を見直し、職場全体を強くする一歩になるはずです。


木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)

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