はじめに ― 朝のオフィスで、カードを並べながら
おはようございます。木下です。
先日、社長と二人で、机いっぱいにカードを並べていました。「持ち味カード」と呼ばれる、人の強みや行動特性を一枚ずつ書き出したカードです。それを一枚ずつ手に取り、「これは、うちで大事だよね」「これはまだ早いかな」と相談しながら、床に色分けして並べていく。
普段の理事長・取締役としての業務とは、まるで違う時間でした。会議でも、書類仕事でもない。「うちの会社は、どんな人が活躍する場所でありたいのか」 を、言葉にして並べ替えていく作業です。不思議な、けれど大切な朝でした。
私たちが今、何をしているのか。株式会社MCLの介護事業部で、人事評価制度をゼロから作りはじめています。 今日はその出発点にある考え方を、まだ途中の段階ですが、正直に書き残しておきたいと思います。
なぜ今、評価制度なのか ― 「経験と感覚」だけで回ってきた組織
私たちの組織は、ここまで多くを「経験」と「感覚」で回してきました。ありがたいことに、それで何とかなってきた。けれど社長と話していて、ふと立ち止まった言葉があります。
「うちだから、やれている。でも、もしこの人たちが別の会社で働くことになったら、その力はちゃんと通用するんだろうか」
これは、職員を責める言葉ではありません。むしろ逆です。ルールや基準をきちんと作ってこなかったのは、経営の側の責任だ ――社長はそう言いました。私も同じ気持ちでした。
「ちゃんとした仕事を」と口で言うのは簡単です。けれど、何が「ちゃんと」なのかを、誰もが見える形にしてこなかった。だから頑張っている人ほど、自分の力が言語化されないまま、評価もされないまま、すり減っていく。
評価制度をつくる動機の根っこにあるのは、職員を測りたいからではありません。一人ひとりの「いいところ」と「伸びしろ」を、ちゃんと言葉にしてあげたい。 ただ、それだけのことなのだと思っています。
いちばん大事にしたいこと ― 「あの人が、ここで活躍できるか」
制度を設計するとき、私たちは一人の職員を思い浮かべました。入社してまだ日の浅い、これから伸びていく若いスタッフです。仮にAさんとしましょう。
私たちが決めた、たった一つの軸はこれです。
「Aさんが、この組織で働いていて楽しい、ここでなら活躍できる、と思えること」
評価制度の良し悪しは、立派なフレームワークかどうかでは決まりません。現場の一人が、この制度のおかげで前向きになれるかどうか。 そこがすべての基準になる。これを私たちは「ペルソナ」と呼んでいます。
だからこそ、最初に決めたもう一つの方針があります。当面、この評価は賃金には反映させません。
評価を給与や賞与に直結させた瞬間、制度は「査定」になります。点が高い・低い、上がる・下がる。職員は身構え、本音を言わなくなり、評価面談は値踏みの場になってしまう。それでは「楽しく活躍できる」とは正反対です。
ですから最初の一年は、育成と対話のための評価 として回します。「あなたのここが素晴らしい」「ここを一緒に伸ばそう」――そういう会話の土台をつくるための制度です。賃金連動は、制度が職場に根づいて、みんなが安心して使えるようになってから、ゆっくり考えればいい。
三つの評価軸と、職員自身が選ぶという進め方
評価の骨格は、シンプルに三つの軸で考えています。
| 軸 | 見るもの |
|---|---|
| 能力評価 | 備えている力・スキル(他者理解、傾聴力、伝える力 など) |
| 行動評価 | 日々の実践としてできているか(感謝、おもてなし、整理整頓 など) |
| 実績評価 | 結果として成し遂げられたか(業務改善、目標の達成 など) |
ここで私が大切にしたかったのは、項目を「経営が上から押しつけない」ということでした。
冒頭のカードの話に戻ります。私たちは、評価項目の候補を職員自身にカードで選んでもらうところから始めました。何十枚もあるカードを手に取り、「これは大事だ」と心が動いたものを拾い上げてもらう。経営が「これを評価する」と宣言するのではなく、現場の感覚から立ち上げるやり方です。
選定で意識したのは、ひとつだけ。「将来いつか必要になるもの」より、「今まさに、うちに必要なもの」を優先するということ。項目をあれもこれもと増やせば、立派な制度に見えます。でも、項目が多すぎる評価ほど、現場では機能しません。「今期、本当に大事にしたいこと」に絞る勇気のほうが、ずっと難しく、ずっと大切でした。
「言われた通りにやっただけ」は、サービスとしては0点
設計の途中、社長がぽつりと言った言葉が、今も頭に残っています。
「言われた通りにやりました。何も問題ありません。――それは、サービスとしては0点なんだよ」
少しドキッとする言葉です。けれど、介護というサービスの本質を突いていると思います。
言われたことを言われた通りにこなす。それは「当たり前」であって、減点はされなくても、加点もされない。私たちが本当に大事にしたいのは、そこにプラス1点を生もうとする気持ちです。
ご利用者が「ここに来てよかった」と感じてくださる瞬間。ご家族が「お願いしてよかった」と思ってくださる瞬間。それは立派な看取りの連絡や、整った情報共有だけで生まれるものではありません。日々の関わりのなかで、その都度、心が通ったかどうか。経営の言葉で言えば「経験価値」です。
そして今、私たちの弱点もはっきりしています。その経験価値が、「その都度・その人の経験頼み」で、再現性がないこと。素晴らしいケアができる職員はいる。でも、それが個人の感覚に閉じていて、組織の力になっていない。
だから評価制度に、この「プラス1点を生もうとする気持ち」を、そっと載せたいのです。できている人をきちんと認め、その姿を組織の標準にしていく。 評価とは本来、誰かを裁くためではなく、組織の「良いもの」を再現可能にするための装置なのだと思います。
トップが率先しなければ、現場は変わらない
もう一つ、肝に銘じていることがあります。行動変容は、トップが率先しないと起きないということです。
たとえば私たちが今、AIを業務に積極的に使えているのは、社長と私が真っ先に使い倒しているからです。「その領域のトップが率先して動く」ことが、組織の行動を変えていく。これは実感としてあります。
評価制度も同じです。「職員を評価する仕組みを作りました」と発表して終わりではありません。経営者であり、評価する側である自分自身が、最も問われている。 私自身、現場から少し距離ができ、見えなくなっている部分があることも自覚しています。だからこそ、この制度づくりは、私にとっても「うちの組織はどうありたいか」を問い直す機会になっています。
おわりに ― 制度は、人を信じるための道具
評価制度というと、どこか冷たい、人を選別する仕組みのように聞こえるかもしれません。でも私は、逆だと思っています。
良い評価制度は、「あなたのことを、ちゃんと見ているよ」というメッセージです。頑張りを言葉にし、強みを承認し、伸びしろを一緒に探す。そのための、対話の道具です。
机に並べたカードの一枚一枚は、結局のところ「うちの会社が、人の何を大事にするか」という宣言でした。それを職員と一緒に選び、一緒に育てていく。完成形はまだ先ですが、この出発点の温度を、忘れずにいたいと思います。
あの朝、社長と二人でカードを並べた不思議な時間。普段の業務とはまるで違うけれど、あれこそが経営の根っこの仕事なのかもしれない、と今は感じています。
一人でも多くの職員が、「ここで働くのが楽しい」「ここでなら活躍できる」と思える組織へ。その願いを、これから形にしていきます。
良い火曜日を、お過ごしください。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師
国家資格キャリアコンサルタント


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