はじめに ― 賞与を払い終えた、その翌週に
おはようございます。木下です。
今週、多くの介護事業所で夏季賞与の支給が一段落したことと思います。先日のブログ(「夏季賞与をねぎらいで終わらせない」)では、賞与をどう設計し、どう伝えるかを書きました。明細を受け取ったスタッフの顔を思い浮かべると、経営者として、ほっと胸をなでおろす瞬間です。
ですが、経営に長く携わってきて思うのは、6月の経営者の仕事は、賞与を払って終わりではないということです。賞与の支給と前後して、毎年この時期、静かに、しかし確実にやってくる「宿題」があります。労働保険の年度更新と、社会保険の算定基礎届です。
土曜日の朝に、少し地味な話で恐縮です。けれども、この2つを後回しにすると、夏の資金繰りと秋の経営が、思わぬところで苦しくなります。今日は、この「6月の宿題」を、手続きの説明としてではなく、経営者の数字感覚として、どう捉えておくべきかを整理したいと思います。
なぜ6月なのか ― 締切は7月10日に集中する
まず、全体像を押さえておきましょう。介護事業所のように人を多く雇う法人にとって、6月から7月初旬は、労務まわりの年次手続きが集中する時期です。
- 労働保険の年度更新(労災保険・雇用保険)― 申告・納付の期間は、おおむね 6月1日から7月10日 まで。
- 社会保険の算定基礎届(健康保険・厚生年金)― 提出期間は 7月1日から7月10日 まで。
どちらも締切は 7月10日。準備に動くなら、いまの6月上旬がちょうどよいタイミングです。賞与の事務が落ち着いた、まさに今です。
「これは社労士さんや事務担当に任せている」という経営者の方も多いでしょう。それで構いません。ただ、任せていても、経営者自身が数字の意味を理解しているかどうかで、この手続きは「ただの作業」にも「経営判断の材料」にも変わります。私はそう考えています。
算定基礎届は「秋からの固定費」を決める手続き
2つのうち、経営インパクトが大きいのは 算定基礎届 のほうです。
算定基礎届とは、4月・5月・6月の給与をもとに、その人の社会保険料の基準となる「標準報酬月額」を決め直す手続きです。ここで決まった等級が、原則として その年の9月分(10月納付分)から翌年8月分まで、1年間の保険料に反映されます。
ここに、経営者が見落としがちな落とし穴があります。
4月の臨時改定で賃上げを行った事業所は、その上がった給与が、4〜6月の報酬としてそのまま算定基礎に乗ってくるのです。先日も書いたとおり、今年は6月から臨時の介護報酬改定が施行され、処遇改善の前倒しで給与水準が上がりました。賃上げは喜ばしいことですが、その分、標準報酬月額が上の等級に上がり、9月以降の社会保険料(事業主負担分)も増える可能性があります。
つまり、算定基礎届は単なる届出ではなく、「この秋から1年間、法人がいくらの社会保険料を負担し続けるか」を確定させる手続きなのです。賃上げの財源を考えるとき、給与の額面だけでなく、それに連動して増える事業主負担の社会保険料まで含めて見ておかないと、夏以降の収支見通しが甘くなります。
「4〜6月の残業」が、1年分の保険料を左右する
もう一つ、現場を持つ経営者だからこそ知っておきたい論点があります。
標準報酬月額は、4〜6月の報酬(基本給だけでなく、残業手当や各種手当も含む)の平均で決まります。ということは、たまたまこの3か月に残業や夜勤が集中すると、その人の標準報酬月額が実態より高い等級で固定されてしまうことがあるのです。
介護現場では、年度替わりの4月、新人受け入れやシフト調整で、4〜6月に残業がかさみやすい時期でもあります。これは、本人の手取りにとっても、法人の負担にとっても、地味に効いてきます。
もちろん、制度上のルールにのっとって正しく届け出ることが大前提です。そのうえで申し上げたいのは、「4〜6月の働き方が、その人の1年分の保険料を決める」という構造を、経営者もシフトを組む管理者も知っておくべきだということです。来年に向けては、年度初めの繁忙とシフトの平準化を、こうした視点からも見直す余地があります。
労働保険の年度更新 ― 「概算」のキャッシュアウトに備える
もう一方の 労働保険の年度更新 は、前年度の賃金実績で保険料を精算し、同時に今年度分を概算で前払いする手続きです。
ここで経営者が意識すべきは、6〜7月にまとまった保険料のキャッシュアウトが発生するという一点です。賞与を支払った直後に、労働保険料の納付が重なる。さらにこの夏は、先日のブログで触れたとおり、8月以降に施設の食費基準の見直しも控えています。
整理すると、この夏の資金の流れは、
- 6月:賞与の支給、労働保険料の納付準備
- 7月:労働保険・社会保険の手続き締切(10日)
- 8月以降:食費基準の改定、賃上げに連動した社会保険料負担の増加(9月〜)
と、支出と制度変更が立て続けに連動します。一つひとつは想定内でも、重なると資金繰りに効いてくる。賞与を払えてほっとした今こそ、夏から秋にかけてのキャッシュフローを、もう一度1枚の紙に引いておくことをお勧めします。
経営者が、この週末にやっておきたい3つのこと
手続きそのものは担当者や社労士に委ねるとして、経営者にしかできない準備を3つ挙げます。
1. 賃上げ後の社会保険料を「年額」で試算しておく
臨時改定で上がった給与が、9月以降の事業主負担にいくら跳ね返るか。一人あたりの増加は小さく見えても、職員数を掛ければ無視できない額になります。賃上げ財源の議論に、この「連動コスト」を必ず入れること。
2. 6〜8月の資金繰り表を更新する
賞与・労働保険料・(夏以降の)社会保険料増・食費改定。入りと出を月単位で並べ直し、どこで資金が薄くなるかを先に見ておきます。秋に慌てないための、今の一手間です。
3. 担当者を「ねぎらう」段取りも忘れない
年度更新も算定基礎届も、実務を背負うのは事務の担当者です。賞与の主役が現場のスタッフなら、この時期、黙々と数字と向き合ってくれる事務方への一言も、経営者の大切な仕事だと私は思っています。制度は人が回している。それを忘れないようにしたいものです。
おわりに ― 地味な手続きこそ、経営者の眼で
年度更新も算定基礎届も、正直に言えば「地味」な手続きです。期限までに出せばよい、ルーティンの事務 ― そう片づけてしまうこともできます。
けれども、ここで決まる標準報酬月額は、この先1年間の人件費の土台を決めます。そして6〜7月のキャッシュアウトは、夏から秋の資金繰りを左右します。担当者に任せる部分と、経営者が数字の意味を握っておく部分を、きちんと分ける。その意識があるかどうかで、同じ手続きが「作業」にも「経営判断」にもなる ― これが、長年やってきて行き着いた私の実感です。
賞与を払い切った6月。次の「宿題」も、現場とスタッフの暮らしを支える数字の話だと思えば、向き合い方も少し変わってくるはずです。よい週末を、そして気持ちのよい夏のスタートを、お過ごしください。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師
国家資格キャリアコンサルタント


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