はじめに ― 「教える側」と「受け入れる側」の、両方に立って
おはようございます。木下です。
本日6月3日、水曜日。これからの季節、介護福祉士養成校では、学生たちが現場での介護実習を本格的に控える時期に入っていきます。北海道介護福祉学校で非常勤講師として教壇に立つ私にとっても、そして介護事業所を運営する経営者としての私にとっても、毎年少し背筋が伸びる季節です。
というのも、私は介護実習について、いつも 二つの椅子に同時に座っている ような感覚があるからです。一方では、教室で学生を送り出す「教える側」。もう一方では、その学生を現場で受け入れる「事業所の側」。この両方を行き来していると、見えてくることがあります。
それは、養成校と受け入れ施設が、よかれと思ってそれぞれ頑張っているのに、肝心なところで認識がずれている という現実です。
先日5月28日のブログで、「教科書の言葉と現場の言葉のあいだには深い谷がある」と書きました。実習は、まさにその谷を、学生が初めて自分の足で渡る場です。だからこそ今日は、養成校と受け入れ施設が 本当に共有しておくべき3つのこと を、両方の椅子に座る立場から書き残しておきたいと思います。
そもそも、実習生は「労働力」でも「お客さま」でもない
具体的な話に入る前に、どうしても最初に置いておきたい前提があります。
受け入れ施設で、実習生の扱われ方は、おおむね2つの極端に振れがちです。
- 片方の極端は「労働力」扱い ― 人手が足りないなかで、つい実習生をシフトの一部のように当て込み、入浴介助や移乗の数をこなさせてしまう。
- もう片方の極端は「お客さま」扱い ― 事故があってはいけないと、見学ばかりさせて、何も触らせない。腫れ物にさわるように、当たり障りのない時間を過ごさせてしまう。
どちらも、現場の優しさや真面目さから来ているのですが、実習生は、労働力でもお客さまでもありません。 彼らは「学びに来ている、未来の同僚」です。この一点を、養成校と施設が共有できているかどうかで、実習の質はまるで変わります。
その前提のうえで、私が両方の立場から「ここだけは揃えておきたい」と思う3つを挙げます。
1. 「実習で何を達成させたいか」のゴールを、言葉で揃える
実習がうまくいかない最大の原因は、技術不足でも態度でもありません。養成校が描くゴールと、施設が描くゴールが、言語化されないままズレていること です。
養成校側は、シラバスに沿って「コミュニケーションを通じた利用者理解」「介護過程の展開」といった到達目標を持っています。一方、現場の実習指導者は、その文言を見せられても、日々の業務のなかでそれが具体的に何を意味するのか、ピンと来ないことが少なくありません。
ここで起きるのが、すれ違いです。学生は「介護過程の展開」を学びに来ているのに、現場では「とりあえずオムツ交換を覚えさせよう」となる。学生は記録の書き方に悩んでいるのに、指導者は「もっと積極的に利用者さんと話しなさい」と助言する。どちらも間違っていないのに、噛み合わない。
だから、実習が始まる前に、「この実習期間で、この学生に、最低限これだけは持ち帰らせたい」という到達点を、養成校と施設が普段の言葉で確認しておく こと。シラバスの文言を、現場の言葉に翻訳する作業です。
私自身、教員として現場に出るときも、施設として学生を受け入れるときも、ここに一番時間をかけます。「今回の◯◯さんは、技術より、まず一人のご利用者をじっくり理解することに集中させたい」――この一文を共有できているだけで、指導者の関わり方が驚くほど安定します。
2. 「失敗してよい範囲」を、あらかじめ決めておく
二つ目は、現場の実習指導者がもっとも悩むところです。どこまで学生にやらせ、どこからは止めるのか。
実習生は、必ず失敗します。声かけのタイミングを外す。移乗で体勢を崩しかける。記録に余計な主観を書く。これは当たり前のことで、失敗から学ぶために実習があるのですから、本来は歓迎すべきことです。
ところが、利用者の安全と尊厳がかかる介護現場では、「失敗から学ばせる」と「事故を防ぐ」が、鋭く対立します。指導者が萎縮すれば、学生は見学だけの「お客さま」になります。逆に放任すれば、利用者を危険にさらします。
ここで効くのが、「失敗してよい範囲」をあらかじめ線引きしておく ことです。
- 学生が一人で判断・実施してよいこと(例:見守り、声かけ、レクの一部進行)
- 必ず指導者の同席・確認のもとで行うこと(例:移乗、入浴、食事介助)
- 学生には絶対にやらせないこと(例:服薬、医療的ケア、急変対応)
この3層を、実習初日に学生・指導者・養成校で言葉にして共有しておく。そうすれば、指導者は「ここまでは見守って、失敗から学ばせていい」と安心して任せられますし、学生も「どこからは助けを呼ぶべきか」を理解して現場に立てます。
安全の線が見えているからこそ、その内側で、人は安心して失敗できる。 これは実習生に限らず、新人育成全般に通じる原則だと、経営者としても実感しています。
3. 学生の「揺れ」を、施設と養成校で一緒に受け止める
三つ目は、技術でも仕組みでもなく、心 の話です。
初めての介護実習で、多くの学生は揺れます。教室では「利用者中心」「自立支援」と学んできたのに、現場ではうまく言葉が出てこない。認知症のご利用者に同じ話を何度もされて、戸惑う。看取りが近い方を前に、自分は何ができるのかと立ちすくむ。なかには、実習の途中で「自分は介護に向いていないかもしれない」と、進路そのものを揺らす学生もいます。
この揺れは、悪いことではありません。むしろ、真剣に向き合っているからこそ揺れる のです。問題は、この揺れを学生が一人で抱え込み、誰にも言えないまま実習を終えてしまうことです。
ここでこそ、養成校と施設の連携が生きます。
- 施設の指導者は、「今日の◯◯さんは、少し元気がなかった」という小さな変化を、抱え込まずに養成校の教員に伝える。
- 養成校の教員は、巡回指導や帰校日に、学生の言葉にならない揺れを丁寧に聴く。
- そして、施設と養成校が、その学生について同じ絵を見ながら関わる。
学生からすれば、現場の指導者と学校の先生が 「自分のことを、一緒に気にかけてくれている」 と感じられること。これが、揺れのなかで踏みとどまる力になります。新人介護職員の「静かなSOS」について5月18日に書きましたが、実習生もまた、もっと早い段階で同じSOSを発しているのです。それを、学校と現場が手を取り合って受け止められるか。ここに、養成校と受け入れ施設が連携する、最も大切な意味があると私は思っています。
おわりに ― 実習は「未来の同僚」を、地域で一緒に育てる場
正直に言えば、人手不足のなかで実習生を受け入れることは、現場にとって決して楽ではありません。指導者の手は取られ、通常業務は重くなります。それでも、私が経営者として実習の受け入れを続けてきたのは、実習が、地域の介護の未来を、学校と現場が一緒に育てる場 だと信じているからです。
教室で私が伝えた言葉が、現場でどう揺さぶられ、どう育っていくか。その続きを、受け入れ施設の指導者たちが引き受けてくれている。逆に、現場で学生がつまずいた点を、私は次の授業に持ち帰る。教える側と受け入れる側は、本来こうして循環し、補い合う関係のはずです。
実習生を、労働力にも、お客さまにもしない。学びに来た、未来の同僚として、地域ぐるみで育てる。 そのために、
- ゴールを、普段の言葉で揃える
- 失敗してよい範囲を、あらかじめ決めておく
- 学生の揺れを、学校と現場で一緒に受け止める
この3つを、これからの実習シーズンを前に、養成校と受け入れ施設の双方で、改めて確認していただけたらと思います。
数年後、この学生たちが介護福祉士として現場に立ち、私たちの隣で働いてくれる日を思い浮かべながら。今年もまた、背筋を伸ばして、この季節に臨みたいと思います。
水曜日の朝、よい一日となりますように。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師
国家資格キャリアコンサルタント


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