はじめに
おはようございます。木下です。
今朝、どうしても書きたいテーマで予定していた内容を、急きょ差し替えました。昨日6月1日、埼玉県川口市で、一人のケアマネジャーが命を落とされた、という報道に接したからです。
報道によれば、利用者である90代女性の同居家族の男性(60歳)が、訪問してきたケアマネジャーの女性(63歳)を刃物で切りつけ、その後ご自身も自ら首を切り、お二人とも亡くなられたとのことです。警察が経緯を調べている段階で、詳しい事情はまだ分かりません。
まず、亡くなられたケアマネジャーの方に、心より哀悼の意を表します。利用者のご自宅へ足を運び、暮らしを支えようとされていた専門職が、その仕事の場で命を落とされた。同じ介護・連携の世界に身を置く者として、言葉になりません。
事件の詳細や動機を、外野から推し量るつもりはありません。ただ、この出来事は、私たちの業界が普段あまり正面から語ってこなかった、いくつかの大切な論点を突きつけています。今日はそれを、できるだけ慎重に、書き残しておきたいと思います。
訪問という仕事は「一人で、他人の家に入る」仕事である
ケアマネジャー、訪問介護員、訪問看護師、相談員――在宅を支える専門職の多くは、たった一人で、利用者の生活の場であるご自宅に上がり込みます。
これは、考えてみれば特殊な働き方です。
- 多くの場合、同行者はいない
- 何が起きているか、外からは見えない
- その場に、組織の上司も同僚もいない
- 相手の家庭の事情に、深く立ち入らざるを得ない
医療機関のように、複数の職員が常に近くにいる環境とは、まったく違います。在宅支援の専門職は、構造的に「孤立した状態で、他者の生活空間に入る」というリスクを、日常的に引き受けているのです。
普段、その多くは穏やかに過ぎていきます。だからこそ、私たちはこのリスクを忘れがちです。しかし、ごく稀にであっても、専門職の安全が脅かされる場面は現実に存在する。今回の痛ましい出来事は、その事実を、最も重い形で私たちに示しました。
職員を「一人にしない」ための、組織の備え
ここから先は、事業所の経営者・管理者として、自らに引きつけて考えるべきことです。具体的な事件への論評ではなく、普段からできる備えとして整理します。
1. 訪問前のリスク情報を、チームで共有する
「この世帯は、同居のご家族との関係が難しい」「以前、強い口調があった」――こうした情報を、担当者一人の胸の内にとどめていないか。ヒヤリとした感覚を、組織として記録し、共有する仕組みがあるか。危険の予兆は、たいてい誰かが先に感じています。 それを個人の我慢で吸収させないことが、第一歩です。
2. 「一人で行かせない」判断を、ためらわない
リスクが想定される世帯には、複数名での訪問、男性職員との同行、訪問時間の調整など、選択肢があります。「失礼にあたるのでは」「大げさでは」とためらううちに、職員が危険にさらされてはなりません。職員の安全は、サービスの質より優先される。 これを組織の方針として明言しておくことが大切です。
3. 緊急時に「引く」ことを許可しておく
その場の空気が危ういと感じたとき、専門職はしばしば「自分が我慢すれば」と踏みとどまってしまいます。真面目で責任感が強い人ほど、そうです。だからこそ組織が、「危険を感じたら、ケアを中断して、その場を離れてよい」「それは逃げではなく、正しい判断だ」 と、あらかじめ明確に伝えておく必要があります。緊急連絡の手順、位置情報の共有、単独訪問時の定時連絡なども、ここに含まれます。
これらは「カスタマーハラスメント対策」として近年ようやく語られ始めた領域でもあります。利用者やご家族の多くは、専門職に深く感謝してくださっています。その大前提を踏まえたうえで、それでも職員の安全を守る仕組みは、別途きちんと持っておく。両立できる話です。
もう一つの論点 ― 「支援が届いていたのは、誰か」
ここからは、地域連携に長く関わってきた立場から、もう少し踏み込みます。決めつけではなく、一般論として聞いてください。
在宅の介護支援は、制度上、「介護を必要とする高齢のご本人」を中心に組み立てられます。 ケアマネジャーが関わるのも、まずはそのご本人です。
しかし実際のご家庭では、高齢の親と、中年の子が同居しているケースが少なくありません。そして時に、支援者の目が「親」に向いている一方で、同居する子の世代が抱える困難――経済的な行き詰まり、孤立、心身の不調――が、支援の枠組みからこぼれ落ちていることがあります。いわゆる「8050問題」と重なる構造です。
念のため繰り返しますが、今回の事件がそうだったと申し上げているのではありません。事情は分かりません。ただ、在宅を支える私たちが、
- 目の前の高齢者だけでなく、同居家族を含めた「世帯まるごと」の状態に気づけているか
- 介護以外の困りごと(生活困窮・就労・精神保健)に、地域の他の専門機関へつなぐ回路を持っているか
を、改めて点検する必要はある。一人のケアマネジャーが、家族全体の問題を抱え込む構造こそ、私たちが地域連携で解かなければならない課題だと、私は考えています。
地域連携は、利用者のためであり、専門職を守るためでもある
私はこれまで、地域連携を「利用者により良い支援を届けるための仕組み」として語ってきました。今回、もう一つの側面を、強く意識しています。
地域連携は、支える側の専門職を孤立させないための仕組みでもある、ということです。
- 困難を感じた世帯について、ケアマネが地域包括支援センターや行政、医療、必要なら福祉・司法の窓口に、ためらわず相談できる関係があるか
- 「これは一人で抱える話ではない」と言い合える、顔の見えるネットワークがあるか
- 介護の枠を超えた課題を、多職種で受け止め直せる地域になっているか
これらが整っている地域では、専門職は「自分一人で何とかしなければ」という重圧から、少しだけ解放されます。連携は、利用者の安心であると同時に、支援者の安全と心の支えでもあるのです。
千歳市で連携カレッジやケアカフェ、在宅医療・介護連携支援センターの取り組みを続けてきたのも、根っこはここにあります。専門職を、一人にしない。今回の出来事は、その意味を、改めて私たちに問うています。
おわりに
亡くなられたケアマネジャーの方は、最後まで、利用者の暮らしを支えようとご自宅を訪ねられたのだと思います。その専門職としての姿勢に、深く頭を下げるとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。
私たちにできるのは、この出来事を一過性の「痛ましいニュース」で終わらせず、
- 訪問専門職の安全を、組織として本気で守ること
- 高齢者だけでなく、世帯まるごとを地域で支える連携をつくること
- 支援者を、決して一人にしないこと
を、日々の実践に落とし込んでいくことだと思います。
全国で在宅を支えておられるすべての専門職の方々が、今日も安全に、その大切な仕事を続けられますように。
良い火曜日を、お過ごしください。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師
国家資格キャリアコンサルタント


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