はじめに ― 「全国一律」が静かに崩れていく
おはようございます。木下です。
本日5月25日、月曜日。北海道新聞(2026年5月25日付)で、厚生労働省が来年度から介護保険制度を地域3区分に分け、中山間・人口減少地域では介護職員の配置基準を緩和する方針であることが報じられていました。
参照:北海道新聞(2026年5月25日)「介護サービス、今まで通り利用できる? 厚労省が来年度から地域3分類」
報道によれば、新たに「特定地域サービス」を設け、人員配置基準を緩和するほか、訪問介護報酬については提供回数ベースから月単位の定額制も導入できる仕組みにするとのことです。2027年度導入を目指し、関連法案が今国会で審議中とされています。
ニッセイ基礎研究所の三原岳氏は同紙の取材に「北海道内のほとんどの自治体が対象になるのではないか」とコメントされており、これは私たち道内の事業者にとって、極めて重い指摘です。本日は、この報道をどう経営判断に翻訳するか、私自身の頭の整理として書いてみたいと思います。
「原則全国一律」の見直しが意味すること
介護保険制度は、これまで「全国どこでも、同じ基準で、同じサービスが受けられる」ことを建前としてきました。今回の3区分化は、その建前を、人口動態の現実に合わせて静かに修正する動きと読めます。
報道では、対策の柱が大きく3つに整理されています。
- 中山間・人口減少地域:配置基準緩和、訪問介護の月額定額制、必要に応じて介護保険給付ではなく市町村事業化
- 大都市部:現行制度の維持+ICT・AI・介護ロボットの活用
- 一般市等:現行制度の維持
これは、地域ごとに「使える手札」が変わることを意味します。北海道のように、札幌圏と道内町村部とで人口動態がまったく異なるエリアでは、法人ごとに「自分の事業所はどの区分に該当するのか」を真っ先に整理する必要 が出てきます。
「定額制」が静かに孕むリスク
特に経営の現場で気になるのは、訪問介護報酬の月単位定額制です。
長距離移動が必要な過疎地で、回数払いを続けるかぎり事業所が立ち行かなくなる ― この問題意識自体は、現場感覚として痛いほど分かります。実際、道内でもすでに撤退する訪問介護事業所が相次いでいます。「定額にして経営の予見性を上げる」という発想自体には、合理性があります。
ただ、三原氏が同紙で指摘されているとおり、定額制には「サービスが過少になる懸念」 が構造的に内在します。回数を増やしても収入が変わらないなら、合理的な経営判断としては「回数を抑える」インセンティブが働く。これは事業者の倫理の問題というよりも、設計の問題 です。
ここを補うには、
- 報酬水準そのものが「必要なサービス量を提供しても経営が回る」設定であること
- 提供サービスの内容・頻度を第三者がチェックできる仕組み が並走すること
- 利用者・家族から見て、サービスの過少抑制が起こっていないかを地域包括ケア会議レベルで点検 できること
の3点セットが不可欠だと考えています。経営者としては、定額制が来る前提で、自法人のサービス提供基準(何を、どの頻度で必ず提供するか)を内規として明文化 しておく備えが要ります。
緩和に頼り切らない ― 「3方向で解く」という原則
ここで思い出していただきたいのは、先日5月6日付の当ブログでも書いた、人材不足を解く3つの方向の話です。
参照:当ブログ「介護人材不足を3方向で解く ― 生産性向上・外国人材・AIとロボット」(2026年5月6日)
要点は、
- 生産性向上(ノンコア業務の徹底圧縮、記録・情報共有のデジタル化)
- 外国人材の本格活用(特定技能・育成就労を含む採用と定着の設計)
- 生成AIとロボットの実装(下書き業務・移乗・見守り等への段階導入)
の3方向を、同時並行で 進めるしかない、という整理でした。
今回の配置基準緩和は、この3方向のいずれにも代替できる打ち手ではありません。むしろ、「3方向の取り組みが追いつくまでの時間稼ぎ」として位置づけるべきだと、私は考えています。緩和に依存して「人を減らしても何とかなる」と考えるのではなく、緩和で得た余白を、3方向への投資に振り向ける のが本筋です。
経営判断として、月内・年内に整理しておきたい4点
報道を受けて、私自身が株式会社MCL・NPO法人連携の会の双方で、当面の論点として整理しておきたいのは次の4点です。
1. 自法人の事業エリアの「区分予測」
千歳・恵庭・苫小牧近郊のうち、どこが「中山間・人口減少地域」に分類されうるのか。市町村単位なのか、もう少し細かい地域単位なのかも含めて、厚労省の社会保障審議会の議論を継続的にウォッチする体制を作ります。
2. 訪問系サービスの「コスト構造の見える化」
定額制が来ても来なくても、移動コスト・1訪問あたり原価 の見える化は不可欠です。現状の回数ベースのまま漫然と運営していると、いざ定額に切り替わったときに損益が読めません。エリア別・利用者別の移動距離と訪問時間を、半期に一度は棚卸ししておく。
3. 「人を増やせない前提」での業務再設計
配置基準が緩和されるということは、裏を返せば「人を増やしてサービスを維持する選択肢が痩せていく」 ということでもあります。だとすれば、生産性向上と外国人材と生成AI・ロボットへの投資判断は、もはや「中期計画でじっくり」ではなく、今期の経営課題 として扱う必要があります。
私自身、日々の議事録・通知文・シフト原案・補助金申請ドラフトの相当部分を、Claude Code を含む生成AIに任せています。1年前にはできなかったことが、できるようになっている ― この変化のスピードは、想像以上に速い。介護記録の口述整形、アセスメント初稿、家族説明資料の個別最適化、多言語対応あたりは、「導入するかどうか」ではなく「いつ・誰が・どう運用設計するか」 の段階に入ったと見ています。
4. 「人がやることに意味がある仕事」の言語化
緩和と効率化が進めば進むほど、経営者として明確にしておくべきは、
AIやロボットにもできるけれど、それでも人がやることに意味がある仕事は何か
という問いです。看取り、寄り添い、ご家族との対話、利用者さまの人生史への共感 ― 「技術的に代替可能になっても、私たちはあえて人がやる」と法人として宣言する領域を、職員にも、ご利用者にも、地域にも、はっきり示しておく。
これは職員の専門性の根拠を、「(AIには)できる/できない」から「(私たちが)選んでいる」へと書き換える作業です。緩和や効率化の議論が進むほど、この線引きを経営者自身が言葉で示せるかどうかが、職員の誇りと法人のブランドを左右するようになると感じています。
「集住」という論点 ― 道内では本気で議論すべき
最後にもう一点。三原氏が「介護サービスが必要な人に集まって住んでもらう『集住』を本格的に検討する時期に来ている」「集落ごと集住できる選択肢も必要」と指摘されている点。
これは、過疎地の介護を語るうえで、私たち道内の事業者がいちばん正面から議論を避けてきたテーマかもしれません。住み慣れた地域で最期まで、という地域包括ケアの理念と、集住という現実解は、正面から衝突します。しかし、配置基準を緩和してもなお維持できないサービスが現に出てくる以上、「住まいの再編まで含めた地域ケア」を、行政・医療・介護・住民で議論せざるを得ない局面に近づいているのは事実です。
NPO法人ちとせの介護医療連携の会としても、千歳市在宅医療連携センターの機能を通じて、この論点を地域ケア会議や多職種連携の場に乗せていく 役割が出てくると考えています。
おわりに ― 「制度が緩む分、自分たちの設計を締める」
制度が現実に追いつこうとしているのは、今回の3区分化からも明らかです。ただ、緩和は「サービスの質を下げてよい」という許可ではありません。むしろ私は、制度が緩む分だけ、自分たちの内部設計(基準・記録・教育・配置)はむしろ締めていく ― これがこれからの介護経営の基本姿勢だと考えています。
緩和を「楽になる」ではなく、「3方向の本格投資に時間を稼ぐためのバッファ」として使いきる。その上で、人がやることに意味がある領域を、経営者自身が言葉で守りきる。難しい数年になりますが、ここを乗り越えた先にしか、地域に根を張った持続可能な介護経営はないと感じています。
今週も一週間、よろしくお願いいたします。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師


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