はじめに ― 5月後半、いちばん危ない時期
おはようございます。木下です。
本日5月18日、月曜日。新年度から数えて約7週間、入職して1か月半が経過する節目 です。各事業所の管理者・主任・メンターの皆さんにとって、この時期は新人職員の動向にもっとも注意を払うべきタイミングだと、私は毎年同じことを伝えています。
入職直後の「歓迎ムード」が落ち着き、ゴールデンウィークの非日常も明け、本格的な現場のリズムに馴染み始めるのが、ちょうど今この週。新人にとっては「もう新人ではないと見られ始める」プレッシャーが急に増す時期 でもあります。
私の経験上、新人介護職員の早期離職リスクが最初に顕在化するのが、まさにこの1.5か月の節目です。1〜2週目の「楽しい」と、3か月目の「慣れた」のちょうど谷間にあたります。
そして、この時期のSOSは、極めて静かな形で発せられる という特徴があります。今日はそれを見逃さないために、月曜朝のメンター会議でぜひ確認してほしい3つの観点を書き残します。
なぜ「静かなSOS」を見逃しやすいか
新人職員の離職前兆を「離職しそうな顔をしている」「明らかに元気がない」と思い込んでいる管理者は、現場で意外と多いと感じます。実態はその逆です。
入職1.5か月の新人が出すSOSは、たいてい次のような形を取ります。
- 表面的にはむしろ「真面目に頑張っている」ように見える
- 笑顔も挨拶も保たれている
- 大きな失敗もしていない
- ただし、微細な行動パターンに、ある変化が起きている
つまり、目に見える派手な兆候は出ません。「うちの新人は大丈夫」と管理者が安心しているまさにその時期に、本人は静かに耐え続けている、というのが現場の実態に近いと思います。
SOS① ― 申し送り・記録の文章量が、じわりと減る
最初のサインは、書く量 に出ます。
入職1か月までは、新人ほど記録に長く時間をかけ、文章量も多めに残します。「書くことで覚えよう」「先輩に評価されよう」という意識が働くからです。
ところが1.5か月を過ぎたあたりから、
- 申し送りノートの記述が、急に簡潔になる
- ヒヤリハットを書かなくなる(小さな出来事を「これくらいなら書かなくていい」と判断し始める)
- ご利用者の様子を一文で済ませるようになる
- 質問項目を書類に書き残さなくなる
こうした変化が出始めます。一見すると「現場に慣れて効率的になった」と肯定的に解釈してしまいがちですが、実は「書いても誰も読んでくれない」「書く意味が分からなくなった」というあきらめの始まり であるケースが少なくありません。
月曜朝のメンター会議では、過去2週間の新人の記録量を、入職1週目の時と比べてみる ことをおすすめします。文字数の絶対量ではなく、「観察の解像度」が落ちていないかを見ます。
SOS② ― 休憩時間の過ごし方が、変わる
二つ目のサインは、休憩時間 に出ます。
入職直後の新人は、休憩室で先輩職員と積極的に話そうとします。質問をぶつけ、雑談に加わり、人間関係を築こうとする。これは当たり前のことです。
1.5か月を過ぎた頃に、次のような変化が出始めたら要注意です。
- 休憩時間にスマートフォンを見ている時間が、急に増える
- 先輩との会話で、自分から話題を振らなくなる
- 休憩室ではなく、車の中や更衣室で休むようになる
- 飲み物だけ持って、休憩時間を短く切り上げる
これらは、「現場の人間関係に疲れ始めた」「話しかけるエネルギーが残っていない」という、本人すら自覚していない疲労のサインであることがあります。
特に車内・更衣室で一人になる という行動は、私の経験上、極めて警戒すべきサインです。物理的に職場から距離を取ろうとする無意識の行動だからです。
メンター会議では、「新人がどこで休憩を取っているか」を全員でチェックする だけで、見えてくることがあります。
SOS③ ― 「分からない」と言わなくなる
三つ目のサインは、質問の頻度と質 に出ます。
入職直後は、新人は「分かりません、教えてください」を素直に言えます。これは新人の特権であり、現場が育てるべき態度です。
ところが1.5か月を過ぎたあたりから、
- 質問の頻度が、目に見えて減る
- 質問しても「あ、なるほど、分かりました」で終わる(再質問しない)
- 「分からない」ではなく「あとで自分で調べます」が増える
- 業務中の小さな疑問を、その場で解消しなくなる
こうした変化が出ます。これも一見「自立してきた」と読めてしまうので、ベテラン側は喜んでしまいがちです。
しかし、ここに最大の落とし穴があります。新人が「分からない」と言わなくなるのは、自立したからではなく、「これ以上聞いてはいけない」と察した結果である ケースが非常に多いのです。
きっかけは些細です。
- ある先輩が忙しそうにため息をついた
- 「前にも言ったよね」と二度ほど返された
- 質問のタイミングで先輩同士が雑談していて、入りづらかった
- 「自分で考えて」と一度言われた
新人にとっては、こうした小さな空気感の積み重ねが、「ここでは質問してはいけない」というルール として記憶されます。そして、1か月半が経つ頃には、口数が一気に減る。
メンター会議では、「先週、新人から質問を受けた回数」を全員で出し合ってみる ことをおすすめします。先輩それぞれが「3回」「1回」「ゼロ」と答え、足し合わせて週に5回を切るような状況になっていたら、すでに新人は「聞かないモード」に入っています。
月曜朝のメンター会議で確認したい3つの問い
ここまでの3つのSOSを踏まえ、本日のメンター会議で、次の3つの問いを共有してみてください。
問い1 ― 新人の記録の「解像度」は、入職1週目より上がっているか、下がっているか
絶対量だけでなく、観察の細かさ・気づきの幅を見ます。下がっていたら、本人ではなく現場の受け止め方の問題 を疑います。
問い2 ― 新人は今、どこで休憩を取っているか
物理的にどこにいるか、誰と過ごしているか。これは管理者・主任が直接観察する必要があります。本人に聞いても答えは出ません。
問い3 ― 先週、新人から質問を何回受けたか
先輩それぞれが具体的な数字で答えます。「いつもどおり」「あまり覚えてない」は不正解です。数えていないこと自体が、警戒すべきサイン です。
この3つの問いに、メンターと現場リーダーが具体的な数字で答えられないなら、その時点で新人へのケアは不足しています。
経営者として、教育の場をどう作るか
新人の早期離職は、本人の問題でもなければ、メンター個人の問題でもありません。「新人がSOSを発しやすい場をどう設計しているか」という、組織の問題 です。
私が当法人で意識的に組み込んでいるのは、次のような仕組みです。
1. 入職1.5か月で「メンター以外の管理職」と1on1を行う
メンターとは別の立場の管理職が、新人と30分程度の面談を必ず持ちます。直属のメンターには言えないことが、ここで初めて出てくることがあります。「メンターのことで気になることは?」を一度は聞く という設計が大事です。
2. 「分からない」と言える環境を、明文化する
「分からないと言える」「3回まで同じ質問をしてよい」「答える側が忙しそうな時はメモに残せばよい」――こうしたルールを、新人向けハンドブックに明記しておく。空気で察するものではなく、ルールとして可視化することで、新人が安心して質問できるようになります。
3. メンター自身も、月に1回スーパービジョンを受ける
新人を育てる側の負担と疲弊は、必ず新人に伝染します。メンターの愚痴・困りごとを聞き、整理する場を、組織として用意する。これは新人を守る仕組みであると同時に、中堅職員の離職を防ぐ仕組み でもあります。
介護福祉学校で1年生に伝えていること
北海道介護福祉学校の授業でも、5月後半のこの時期は、学生に次のメッセージを毎年伝えています。
「皆さんは今、入学から1か月半が経ちました。最初の高揚感が落ち着き、勉強の難しさも、人間関係の疲れも、少しずつ出てくる頃です。これは皆さんが弱いのではなく、人として当たり前のことです。」
「将来現場に出たとき、入職1.5か月の新人がいたら、自分が今感じているこの感覚を、必ず思い出してください。皆さんが先輩になったとき、何を覚えていて、何を忘れていないかで、後輩の人生が変わります。」
新人を育てる力は、自分が新人だったときの感覚を、どれだけ覚えていられるか にほぼ比例します。これはどの業界でも同じです。
おわりに ― 月曜朝の小さな声かけから
新人の早期離職を防ぐために、特別な研修プログラムが必要なわけではありません。
- 月曜の朝、新人の表情と挨拶のテンポを、いつもより1秒長く観察する
- 「先週、何か困ったことなかった?」と一言、聞く
- 答えがすぐ返ってこなくても、「いつでも声かけて」と添える
これだけのことが、1.5か月の節目を越える新人にとっては、大きな違いになります。
「静かなSOS」は、静かに受け止めることで、初めて言葉になります。 大きな声で問い詰める必要はありません。月曜朝の小さな声かけが、3か月後・半年後の定着につながります。
良い一週間を、お過ごしください。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師
国家資格キャリアコンサルタント


コメントを残す