昨日のブログで、収支差率が高くても賃金が上がらない構造を整理しました。
ただ、構造を頭で理解していても、いざ現場の職員から、
「社長、うちの法人って黒字ですよね。なのに、なんでこれだけしか昇給がないんですか?」
と問われたとき、的確に答えられる経営者は決して多くありません。私自身、何度もこの問いに向き合ってきました。今日はこの問いに、「現場でどう語るか」と「業界に対してどう動くか」の二つを、できる限り具体的に書きます。
なぜこの問いに答えられないと、経営の土台が崩れるのか
この問いには、賃金額そのものより、経営の透明性と誠実さが問われています。
- 「数字は見せられない」と濁す → 不信感
- 「業界全体がそうだから」と他責にする → 言い訳に聞こえる
- 「経営判断だから」と打ち切る → 一方通行の上下関係
- 「我慢してくれ」と頼む → 短期的には収まっても、退職予備軍を増やす
どの答え方も、目の前の波風はおさまるかもしれませんが、1年後・3年後の人材定着には確実に効いてきます。
逆に、ここで構造を自分の言葉で説明できる経営者には、職員は「この人の下で働き続けてもいい」と判断する材料が一つ増えます。
現場でどう語るか ― 4つのフレーズ
私が普段、職員に説明するときに使っている言葉を、そのまま4つ挙げます。すべて、昨日整理した6つの構造的理由に対応しています。
① 「うちの黒字は、見えている数字より小さい」
事業所単位の収支差率と、法人全体の純利益はまったく別物だ、という話です。本部経費・退職給付引当・複数事業の内部補填を引いたあとの数字は、想像よりずっと小さい。「ここに全員の昇給を載せる余地はある?」と職員に一緒に考えてもらうと、納得感は大きく変わります。
② 「3年に1度、収入が下げられる業界です」
介護報酬は3年改定の公定価格。来年度マイナス改定が来ても、皆さんの基本給は下げられません。だから今年の黒字を全部昇給に回すと、3年後に法人がもたなくなる。「賃金は今年の収支だけでは決められない」ことを、図にして見せると伝わりやすいです。
③ 「処遇改善加算は『手当』で配るしかない制度」
加算は制度上、本俸に組み込めません。だから退職金や賞与には反映されにくい。これは法人の判断ではなく、制度設計上の制約です。「制度がそうなっている」ことと「経営が出し惜しんでいる」ことは別の話だ、と切り分けて語ることが大事です。
④ 「だから業界として、基本報酬の底上げを訴えている」
ここが一番大事な言葉です。「説明して終わり」にしません。「私たちは現場の賃金を上げるために、加算ではなく基本報酬を上げてほしいと、業界団体・行政の場で言い続けている」と伝えると、職員は「経営者は現場の側に立っている」と感じてくれます。
業界で動く ― 経営者にできる5つの行動
「業界に声を上げる」と言っても、何をすればいいか分からない、という経営者の方も多いと思います。私が実際にやっている、または取り組もうとしている5つを挙げます。
- 所属する業界団体の意見書に、自法人の数字を提供する(全国老施協、認知症グループホーム協会、地域の介護事業者協議会など)
- 市町村の介護保険事業計画策定委員会・地域包括ケア会議に出席し、賃金実態を発言する
- パブリックコメントに必ず一通は出す(社会保障審議会・介護給付費分科会の論点整理時)
- 議員・市長・町長との対話の機会に、「事業所収支」と「法人純利益」のギャップを資料化して伝える
- 自法人の収支構造を、業界紙のインタビューや講演でオープンに開示する
どれも、1事業所では小さな声です。しかし、こういう小さな声が積み重なることでしか、構造は変わりません。
「説明する」と「変える」は、つながっている
経営者が業界の場で実際に動いていると、現場での説明にも力が宿ります。
逆に、現場で説明したことのない経営者の業界活動は、職員から見ると「外の活動ばかりで、現場を見ていない」と映りがちです。
「うちは黒字なのに、なぜ昇給が薄いのか」
この問いへの最良の答えは、言葉だけではありません。経営者が業界に対して声を上げ続けている姿を、職員が知っていること ― そこまで含めて、初めてこの問いに本当に答えたことになるのだと、私は感じています。
連休明けの1週間が終わる今日。来週からの面談やミーティングで、ご自身ならどう語るか、一度言葉にしてみることをおすすめします。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師


コメントを残す