はじめに ― 新人だけが「危ない時期」ではない
おはようございます。木下です。
本日5月27日、水曜日。先日のブログでは、入職1.5か月の新人介護職員の「静かなSOS」(2026年5月18日)について書きました。新年度から2か月、各事業所では新人面談・指導者面談が一段落しつつある時期だと思います。
ただ、経営者として現場を見ていてここ数年強く感じるのは、早期離職リスクと同じくらい重い課題が、中堅層(おおむね入職5〜10年目、年齢で言えば30代後半〜40代半ば)の「静かな停滞」にある ということです。
新人の離職は、辞表という形で経営層にも届きます。しかし中堅層の停滞は、辞表ではなく 「ある日突然の異動希望」「資格取得意欲の消失」「会議での発言の減少」 という、もっと静かな形で現れます。本日はキャリアコンサルタントとして、また介護法人の経営者として、この 中堅層のキャリアプラトー(停滞期) をどう扱うかを書き残しておきます。
キャリアプラトーとは何か ― 「悪い停滞」ではない
キャリアプラトー(career plateau)は、キャリア発達論で広く使われる概念で、ごく単純化すれば 「これ以上、垂直方向にも水平方向にも動かなくなった状態」 を指します。
- 構造的プラトー:組織のポスト数の制約で、これ以上昇進しようがない状態
- 内容的プラトー:いまの仕事の中で、これ以上学ぶことがないと感じてしまう状態
介護現場の中堅層は、このうち 内容的プラトー に陥りやすい構造を持っています。介護福祉士・ケアマネジャー・社会福祉士など主要資格を取り終え、現場リーダーや主任を経験し、ご利用者・ご家族対応にも慣れた頃に、「次に何を学べばよいか分からない」という静かな谷が来ます。
ここで強調しておきたいのは、プラトーそのものは異常事態ではない ということです。むしろ専門職としての成熟過程で、ほぼ全員が一度は通過する局面です。問題は、この谷を 本人一人に抱えさせている法人が多い という点にあります。
介護現場でプラトーが見えにくい3つの理由
私の経験上、介護現場では他産業以上に、中堅層のキャリアプラトーが見えにくくなります。理由は3つあります。
1. 「人がいない」が中堅層を覆い隠す
慢性的な人手不足のなかで、中堅職員は 常に現場の即戦力として消費 されます。シフトの穴を埋め、新人を指導し、難しいご家族対応を引き受ける。「あなたがいないと回らない」という言葉は、本来は最大の感謝なのですが、中堅層にとっては 「ここから動けない」というメッセージ として届いていることが少なくありません。
2. 「ロールモデル」が法人内に見えにくい
介護業界では、現場主任から先のキャリアパスが、法人ごとにバラバラで、しかも本人にとって輪郭が見えづらい。サービス管理責任者、施設長、本部勤務、教育担当、ケアマネジメント部門、地域連携部門 ― 選択肢はあっても、 「自分の5年後の具体像」が思い描けない 中堅職員が、私の体感では非常に多いと感じます。
3. 上長自身が「自分のキャリアを言語化していない」
これがもっとも構造的な問題です。中堅職員に「あなたの今後どうしたい?」と聞く側の管理者・施設長自身が、自分のキャリアを言語化した経験がほとんどない。だから面談が 「最近どう?」「特にないです」 で終わってしまう。これは個人の力量の問題ではなく、法人として面談の型を持っていないことの帰結 です。
経営者として気づいておきたい中堅層のサイン
新人の「静かなSOS」と同じく、中堅層のプラトーも、たいてい静かな形で現れます。私が経営者として気にしているサインは、ざっくり次の4つです。
- 資格更新・研修参加への意欲が、ここ半年で明らかに下がっている
- 会議での発言が、業務報告のみになり、提案や問いかけが減っている
- 新人指導の場面で、技術は伝えるが「なぜそうするか」を語らなくなっている
- 異動・退職の相談が、本人ではなく同僚経由で耳に入る
これらは個別には大きな問題に見えませんが、複数同時に観察されたときは、一度きちんと時間を取って、キャリアの話を聴く必要があるサイン だと考えています。
社内キャリア面談を「制度として」設計する
ここからが経営者として具体的に手を打てる領域です。私が株式会社MCL・NPO法人ちとせの介護医療連携の会の双方で進めてきたのは、社内キャリア面談を、人事評価面談とは別の枠で設計する ことです。
人事評価面談は、どうしても「過去半年の業績」と「来期の目標」が中心になります。これでは、中堅層が抱える 「この先10年をどう生きるか」 という問いには届きません。
私が現在運用している社内キャリア面談の骨格は、次の通りです。
- 頻度:年に1回、人事評価とは別の時期(だいたい入職月の前後)
- 時間:60〜90分(途中で切らない)
- 聞き手:直属の上長ではなく、法人内のキャリアコンサルタント有資格者または役員クラス
- 構成:
1. これまでのキャリアの棚卸し(職歴・資格・印象に残った仕事)
2. 現在の仕事の満足/不満足(点数化+理由)
3. 5年後・10年後のイメージ(職位ではなく「どんな関わり方をしていたいか」)
4. そのために、来年1年で挑戦したいこと
5. 法人として支援できること(研修、配置、兼務、外部派遣)
ポイントは、評価とは切り離す ことです。ここで語られた内容を、その後の評価や処遇に直結させると、職員は本音を出せなくなります。「ここで話したことが、来年4月の人事に直接響くわけではない」という心理的安全性を、経営者が保証することが何より重要です。
「越境」を仕組み化する ― 5/17の論考との接続
先日の5月17日のブログ(「知識はあるが『聴く技術』が育たない」)でも書いた通り、相談援助職には 福祉・医療の外側に出る「越境経験」 が決定的に重要です。これは中堅層のキャリアプラトー対策としても、まったく同じことが言えます。
法人内の中堅層が動けないのは、見える景色が固定化しているからです。だとすれば、
- 他法人・他職種への短期派遣(地域包括支援センター、行政、社会福祉協議会、医療機関)
- 学会・職能団体での発表機会
- 介護福祉学校など教育機関への非常勤講師派遣
- 地域の多職種連携事業(在宅医療連携センター、ケアカフェ等)への参画
といった、法人の外に一度出る経験 を、キャリア面談で出てきた本人の希望に合わせて設計していく。これが、内容的プラトーへの最も効く処方箋だと、私自身は実感しています。
私の運営するNPO法人ちとせの介護医療連携の会は、もともと「越境の場」として作られた組織でもあります。千歳市在宅医療連携センターのケアカフェや多職種連携研修は、参加する中堅職員にとって、自法人の中では出会えなかった同職種・他職種との対話 の機会になっています。経営者として、こうした越境の機会を 「業務」として正式に扱う こと ― ここを言い切れるかどうかで、中堅層の停滞期の質が変わります。
AI時代に「人がやる仕事」を本人に語らせる
もう一つ、昨日(5月26日)のブログ「AI実装はどこから始めるか」とも絡む論点を一つだけ。
中堅介護職員のキャリア面談では、近年、AIへの不安 が静かに語られるようになりました。「自分の仕事は、5年後に残っているのか」という問いです。
ここでキャリアコンサルタントとして大事にしているのは、経営者側がそれに答えを与えないこと です。代わりに問いを返します。
「AIにもできる仕事は確かに増えていく。そのうえで、あなたが『これだけは、私が人としてやりたい』と思える仕事は何ですか?」
この問いに、自分の言葉で答えられる中堅職員は、その瞬間にプラトーから抜け出し始めます。逆に、ここで言葉に詰まる職員には、まだ越境経験が足りないか、内省の時間が足りていない ― 法人として支援すべき具体の輪郭が見えてきます。
「AIに代替されない仕事」を経営者が定義するのではなく、職員一人ひとりに自分の言葉で語らせる ― これが、AI時代のキャリア支援の中核だと私は考えています。
おわりに ― 「動けない」を「動ける」に変えるのは、面談の場
新人の静かなSOSも、中堅層の静かなプラトーも、共通しているのは 「組織の側が時間を割いて聴かないかぎり、表に出てこない」 ということです。
人材不足のなかで、中堅層の面談時間を捻出するのは決して楽ではありません。それでも、ここに60〜90分を投資できる法人と、できない法人とで、5年後の人材構成は決定的に変わります。中堅層が動けなくなった法人は、新人にとってもキャリアの可能性が見えない法人になるからです。
水曜日の朝、もし読んでくださっている管理者・施設長の方がいらっしゃれば、ぜひご自身の事業所の中堅職員リストを思い浮かべてみてください。「最後に、評価ではなくキャリアの話を、まとまった時間で聴いたのはいつか」 ― この問いに即答できなければ、今日その面談予定をカレンダーに入れることから、すべてが始まります。
本日も、よい一日となりますように。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師
国家資格キャリアコンサルタント


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