はじめに ― 個人宅という「閉じた現場」をどう守るか
おはようございます。木下です。
本日5月24日、日曜日。先日、読売新聞ヨミドクター(5月11日付)で、訪問介護への外国人材従事に関する記事が掲載されていました。
ご承知のとおり、特定技能外国人による訪問系サービスへの従事は、令和7年4月の告示改正により解禁されました。そこで設定された基本要件のひとつが、「介護事業所等での実務経験が原則1年以上あること」 です。実務経験1年未満の場合は、原則6か月間の同行訪問(ICT機器の活用により3か月に短縮可能)が必要、という整理になっています。
私自身、株式会社MCLで訪問系サービスの運営に関わり、また北海道介護福祉学校で人材育成に携わる立場として、この「1年」という数字には率直に違和感を持っています。個人宅というある意味で密室に近い現場を守るために、本当に「期間」で線を引くことが最善なのか。 今日はこの問いを、経営の視点で整理してみたいと思います。
なぜ「実務経験1年」が必要条件として置かれたのか
まず、この要件が置かれた背景には、明確な利用者保護の論理があります。
- 訪問介護は、同僚や上司の目が届かない個人宅で、原則ひとりで提供される
- 緊急時の判断・連絡・撤退判断を、その場で単独で下す必要がある
- ご利用者・ご家族との信頼関係構築の場面で、文化・言語・生活習慣への一定の理解が前提となる
- 施設介護のように「他職員のフォロー」が前提にできない
これらを踏まえると、「ある程度の現場経験を積んでから個人宅に出る」という発想自体は、まったく妥当です。問題は、その「ある程度」を測る物差しとして「1年という期間」を選んだことが、本当に最適だったのか という点にあります。
「期間」という物差しの限界
経営者として現場を回している実感から言えば、介護職員の習熟度は、勤続期間と必ずしも比例しません。
- 3か月で複数の利用者特性を理解し、独力で訪問が回せる職員もいる
- 1年経過しても、判断面で同行支援が必要な職員もいる
- 配属事業所のOJTの質によって、同じ「1年」でも習熟度には大きな差が生まれる
- 施設経験1年と、訪問同行経験6か月では、後者のほうが訪問業務には直結する
つまり、「1年」という数字は、個別の習熟度を平均化した便宜的なラインであって、本来測りたい「単独訪問に耐えうるコンピテンシー」を直接測ったものではありません。期間は、あくまでもプロセスの代理指標にすぎないわけです。
そして代理指標の最大の弱点は、「期間さえ満たせば中身は問わない」という運用に流れやすい ことです。1年勤めれば自動的にOKとなるなら、その1年間に何を学んだかは問われません。逆に、半年で十分な力をつけた職員でも、画一的に1年待たされる。これは、人材を活かす経営の視点からは、二重に損失です。
「プロセス」で守るという発想
であれば、私たちが本当に設計すべきは、「期間で守る」のではなく、「プロセスで守る」 仕組みなのではないか。すなわち、
- 何時間の同行訪問を経験したか
- 何件・何種類の利用者特性に触れたか
- 急変・転倒・拒否・家族対応など、想定すべき場面のどこまでをOJTでカバーしたか
- スーパーバイザーが、何項目のチェックリストで「単独訪問可」と判定したか
こうした プロセス・アウトカム両面の到達度 で、単独訪問の可否を判断する。この設計のほうが、利用者保護の本来の趣旨に、はるかに忠実です。
実は今回の告示改正でも、「実務経験1年未満なら同行6か月(ICT活用で3か月)」という例外規定が設けられています。これは、期間要件を絶対視しない方向への、小さな一歩 とも読めます。ただ、現状はあくまで「1年が原則・例外として同行で代替」という建付けであり、考え方の主従が逆さまだと、私は感じています。
本来の主従は、
- 主:適切な同行研修プロセスを満たすこと
- 従:その代理指標として、便宜上「1年」が置かれている
であってしかるべきです。
経営者として、ここから何を準備するか
制度議論は時間がかかります。しかし、経営者として、いま自法人で準備できることはたくさんあります。私が今後、株式会社MCLで具体化していきたいと考えているのは、次の4点です。
1. 訪問介護版OJTプログラムの「見える化」
同行訪問の質を担保するには、まず「誰が・どの利用者宅で・何回・どのスーパーバイザーと同行したか」をすべて記録に残すことです。これまで多くの事業所で、訪問同行は「サ責が新人と一緒に行く」という運用に任されてきました。記録が残らなければ、同行の中身は事業所ごとに大きくばらつきます。
ここを 同行記録テンプレートのデジタル化 で押さえる。MCLポータルにモジュールを一つ追加する程度の手間で、十分実現可能です。
2. 単独訪問可否判定のチェックリスト整備
同行を「期間」ではなく「項目」で管理するには、判定基準が必要です。たとえば、
- 利用者特性の把握(疾患・性格・家族関係・住環境)
- 基本介助(移乗・排泄・入浴・食事)の独力提供
- 緊急時対応(急変・転倒・救急要請・主治医連絡)の手順理解
- 記録・報告(訪問記録・ヒヤリハット・連絡帳)の運用
これらを項目化し、サービス提供責任者がチェック・サインして初めて単独訪問を解禁する。経験年数ではなく、事業所のスーパーバイザーが責任をもって判定する 形が、実態に即しています。
3. 「同行の質」を担保するスーパーバイザー育成
OJTの中身は、結局のところ指導者の力量に左右されます。同行を担うサ責・主任クラスに、「教える側の研修」 を継続的に行う仕組みが必要です。これは外国人材に限らず、日本人新人にも全く同じ話で、いま私たちが介護福祉学校でも繰り返し議論しているテーマです。
4. 利用者・ご家族への説明プロセスの設計
今回の告示でも、外国人が居宅に訪問する旨を書面で説明し署名を得ることが求められています。これを「事務手続き」として処理するのではなく、「うちの事業所はこういう同行プロセスを経た上で単独訪問に出しています」と説明できる素材 に育てる。これは、外国人材か否かを超えて、訪問介護全般の信頼性向上に直結します。
おわりに ― 「1年待つ」より「半年で育てる」を選びたい
人材確保が年々厳しくなる中で、せっかく介護の道を志した方を、「1年経つまで使えません」と棚に上げておく余裕は、もはや業界にはありません。それは外国人材に限らず、日本人の中途入職者・若手職員にも当てはまる話です。
「半年で単独訪問に出せるだけのプロセスを、事業所として設計し切れるか」。
これからの訪問介護経営の競争力は、この一点に集約されていく と私は考えています。
「期間で守る」を「プロセスで守る」に置き換えていく。制度がそこに追いついていくまでには、まだ時間がかかるかもしれません。しかしその間にも、私たち経営者の側は、自法人の同行研修を「期間制度の代替」ではなく「コンピテンシー育成プログラム」として磨いていける。これは制度を待たずに、今日から始められることです。
良い日曜日を、お過ごしください。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師


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