はじめに ― 日曜の朝に、人材育成のことを考える
おはようございます。木下です。
本日5月17日、日曜日。週末は、現場の細かな指示出しから少し離れて、「人を育てる」というテーマ を一段引いた視点から考える時間にしています。今日はその中で、長年気になり続けているテーマを、できるだけ率直に書いておきたいと思います。
それは、社会福祉士という国家資格のあり方 についてです。
最初にお断りしておきますが、私は社会福祉士という資格の必要性を疑っているわけではありません。むしろ、地域包括ケアや医療連携の現場で、この資格保持者の活躍に何度も助けられてきた立場です。それでも、長年現場と教育の双方に関わってきた経験から、二つの違和感があります。
- 国家資格として「知識」は十分に裏付けられているが、「面談技術」の教育が圧倒的に不足している
- 福祉・医療という「狭い世界」の中の知識・経験しか持たない人が、相談援助の現場で多数派になっている
これは「個人の力量」の話ではなく、資格制度と教育課程の構造の話 です。今日はそこを掘り下げます。
社会福祉士という資格の前提
社会福祉士は、社会福祉士及び介護福祉士法に基づく国家資格で、
専門的知識及び技術をもつて、身体上若しくは精神上の障害があること又は環境上の理由により日常生活を営むのに支障がある者の福祉に関する相談に応じ、助言、指導、福祉サービスを提供する者又は医師その他の保健医療サービスを提供する者その他の関係者との連絡及び調整その他の援助を行うこと
を業とする資格です。相談援助の専門職 と位置づけられている。ここを押さえておきたいと思います。
つまり、社会福祉士の本業は 「相談を受けること」「援助方針を立てること」「関係者と調整すること」 であり、その中心にあるのは、ご本人やご家族と向き合う 「面談」 という行為です。
ところが――この最も中核となる「面談」というスキルが、養成課程ではほとんど技術として鍛えられていない、というのが私の長年の実感です。
国家試験は「知識」を測るが、「面談」は測れない
社会福祉士の養成課程と国家試験を見渡すと、
- 社会保障制度、関連法令、社会福祉の歴史
- ソーシャルワークの理論、各種アプローチの分類
- 障害・高齢・児童・地域・医療・精神保健の各領域の制度知識
- 相談援助の体系・倫理
といった知識領域 には、非常に厚い時間が割かれています。これらが資格保持者の知的基盤を支えているのは間違いありません。
一方、面談という行為そのものの技術 ――
- 沈黙をどう扱うか
- 質問の順序と粒度の設計
- 言い換え(パラフレーズ)と要約(サマライズ)の使い分け
- 感情の言語化と「保持」
- 価値観の違いに踏み込むときの言葉選び
- 防衛的になった相手をどう待つか
- 自分の感情の動きをどう扱うか(自己一致)
こうした テクニカルなスキル は、養成課程の実習や演習でも、断片的に触れる程度です。ロールプレイは数回、観察評価のフィードバックは指導者依存、再現性のあるカリキュラムにはなっていない ――これが大方の実態ではないでしょうか。
国家試験では、選択式の知識問題でこれを測ることはできません。結果として、「面談技術は資格取得後の実務で覚えていく」という建付けになる。そして実務に出てからも、面談技術を体系的に学べる場は、極めて限られています。
ここに、第一の構造的問題があります。
キャリアコンサルタント養成課程と比べてみる
ここで、もう一つの国家資格である キャリアコンサルタント の養成課程と比較すると、対比が鮮やかになります。
私自身がキャリアコンサルタント資格を取った際、印象深かったのは、養成講習の 半分近くがロールプレイ に費やされたことです。
- 15分間のキャリア面談を録音・記録
- 講師・受講生同士で逐語をもとに振り返り
- 「いまの質問はクライアントに何をもたらしたか」を一語一語検討
- 国家試験の実技試験そのものが、ロールプレイ+口頭試問
つまり、キャリアコンサルタントは資格取得の段階で、「面談という技術」を再現性のある形で評価される 構造を持っています。
これに対し、社会福祉士は、扱う対象(生活困窮、虐待、障害、医療、児童、高齢など)が遥かに広く、制度知識の比重が大きい。だからこそ知識教育に時間が割かれるのは理解できますが、「相談援助の中心的スキルである面談技術」の比重が、相対的に薄くなりがち という構造があります。
これは個々の養成校の努力で埋められる差ではなく、制度設計レベルでの再検討が必要なテーマだと感じています。
もう一つの構造的問題 ― 「狭い世界」しか知らない問題
二つ目の違和感は、より社会的なテーマです。
社会福祉士の多くは、
- 高校卒業 → 福祉系大学・専門学校 → 福祉現場 → 社会福祉士取得 → 福祉現場
というキャリアパスを歩んでいます。これは資格制度の良さでもあり、若くして専門職になれる優れた仕組みです。
ただし、その結果として、社会人としての職業経験が、福祉・医療領域に限定されている方が多い という事実があります。
支援を必要としている方々は、当然ながら福祉現場以外の社会で生きてきた人たちです。
- 中小企業の経営者だった方
- 工場で40年働き続けた方
- 自営業で家族と店を切り盛りしてきた方
- 子育てをしながらパートを掛け持ちしてきた方
- 中途離職を繰り返し、生活困窮に至った方
- 外国にルーツを持ち、日本社会で居場所を探している方
これらの方々の生活背景、職業観、価値観、お金の感覚、家族関係の機微を、福祉と医療の「外側」を知らないままで、どこまで深く受け止められるか。
ここに、第二の構造的問題があります。
教員養成にも通じる、「越境経験」の不足
これは、実は社会福祉士に限った話ではありません。
よく類比で出されるのが、学校教員の世界 です。
- 小・中・高校で過ごす
- 教育学部に進学
- 教育実習を経て採用
- 一度も学校以外の社会を経験せずに教壇に立つ
このルートを歩む教員が、「教育現場」という極めて部分的な社会の中の経験しか持たないまま、生徒に対して「社会の仕組み」「働くということ」「現実的な人生設計」を教える ことの難しさは、長く議論されてきました。義務教育の出口で生徒たちが直面する社会は、教員自身が一度も身を置いたことのない世界です。
社会福祉士の構造的課題も、これと相似形です。福祉現場という部分的な社会しか知らない支援者が、福祉現場の外で生きてきた人の人生に対して、相談援助を行う――この構造的なギャップは、個人の努力だけでは埋まりません。
もちろん、「すべての福祉専門職に異業種経験を必須にすべき」という極論を言いたいわけではありません。ただ、この構造を自覚しているか・していないか で、支援の質は確実に変わると考えています。
経営者として、何ができるか
ここまでが課題認識です。では、現場を持つ経営者として、何ができるか。私が日々意識しているのは、次の三点です。
1. 「異業種経験者」を支援職に積極的に登用する
中途採用の場面では、福祉・医療畑だけでなく、異業種を経験してきた方を相談援助職に登用する道 を意識的に開いています。営業職、製造業、サービス業、子育てや介護を経験してきた方など、福祉資格は持たないが社会経験は厚い という方の力は、相談現場で確実に活きます。
国家資格としての社会福祉士の専門性と、異業種経験者の社会的厚みは、チームとして補い合うべき関係 にあります。どちらが上でも下でもありません。
2. 面談技術の「組織的な訓練」を仕組み化する
面談技術を「個人の感性」に任せず、組織として鍛える仕組みを作る。具体的には、
- 月に1回、相談援助場面のロールプレイ+逐語振り返り
- 面談の録音(ご本人同意のうえ)と、複数人での聞き直し
- キャリアコンサルタント養成で使われる面談評価指標を、内部研修に転用
- 外部スーパーバイザーによる定期的な面談スーパービジョン
これは社会福祉士養成課程の不足を、現場の継続教育で埋めていく取り組みです。「資格を取って終わり」ではなく、「資格取得後こそ、面談の技術は伸ばし続けるもの」 という前提を組織文化として共有することが大事です。
3. 「越境経験」を意図的にデザインする
現場の若手社会福祉士や相談員には、意識的に「越境」の機会 を作るようにしています。
- 地域の事業者・商工会との交流
- 異業種の研修・セミナーへの参加
- 介護以外の地域団体活動への関与
- 副業・地域活動の容認
- 当法人内での他部門経験(事務系、現場系のローテーション)
「福祉の専門性を深める研修」だけに偏らず、「福祉の外側を体感する経験」 を計画的に組み込む。これがあるかないかで、5年後・10年後の支援者としての厚みは大きく変わります。
介護福祉学校で学生に伝えていること
北海道介護福祉学校での授業でも、近い問題意識を学生に伝えています。
「皆さんはこれから、福祉という専門領域で深い学びを積み重ねていきます。それは素晴らしいことです。同時に、福祉の専門性を高めるほど、自分が福祉の世界しか知らないこと、その狭さに無自覚になりやすい という落とし穴があります。」
「だから、福祉の本だけでなく、経営の本、歴史の本、自分とは違う立場の人の本を、意識的に読んでください。学校を卒業しても、福祉のセミナーだけでなく、福祉と関係ない人たちと出会う場に身を置いてください。」
「皆さんが将来出会う方は、福祉の枠の中で生きてきた人ではありません。皆さんの『福祉以外の経験』のすべてが、面談という場面で、その方を理解する力になります。」
専門性は深さで測られますが、支援者としての厚みは「越境の幅」で測られる ――これはキャリアコンサルタントの視点でもあります。
おわりに ― 制度と現場の両輪で
社会福祉士の養成課程に、面談技術のロールプレイをもっと組み込んでほしい。これは私が業界に対して持っている、長期的な提言です。すぐに制度が変わるとは思っていません。
だからこそ、それを待たずに、各事業所・各法人が、面談技術と越境経験を組織的に育てる仕組みを持つこと が、現場側の責任だと考えています。
最初に書いたとおり、これは社会福祉士という資格そのものを批判する話ではありません。社会福祉士の方々は、誰よりも真剣に、目の前の方の人生に向き合ってきた方々です。だからこそ、その専門性をさらに活かすために、面談技術と社会経験の幅というもう二つの軸を、組織として支えていきたい ――そう思っています。
日曜日です。月曜からの一週間、ぜひ自法人の相談援助職の育成について、一度立ち止まって考えてみてください。組織文化を変えるのは、いつだって週明けの小さな一歩からです。
良い日曜日を、お過ごしください。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師
国家資格キャリアコンサルタント


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