「介護6.8%、中小企業3.8%」― そもそも比較の前提が違うという話

「介護6.8%、中小企業3.8%」― そもそも比較の前提が違うという話

はじめに ― 同じ数字に見えて、同じ数字ではない

おはようございます。木下です。

本日5月16日、土曜日。先日4月28日に開催された財政制度等審議会財政制度分科会で、財務省が次のような論点を示しました。

介護全体の収支差率は6.8%で、中小企業平均の3.8%を上回っているのが現状。ただ、特別養護老人ホームの収支差率は2%とばらつきもあることから、サービス類型に応じた介護報酬の適正化が必要。

参照:Yahoo!ニュース(共同通信配信記事)

「介護は儲かっている。だから適正化(=引き下げ)が必要だ」という、毎度おなじみの構図です。先週も5月9日のブログで「収支差率の平均値だけで議論する危うさ」「分布で見るべき」という話を書きました。

ただ、今回はもう一つ、より根本的な違和感を共有しておきたいと思います。

それは、「介護の6.8%」と「中小企業の3.8%」は、そもそも同じ性質の数字ではない、という点です。並べて比較できるものではないのに、横並びで並べられている。これは経営者として、看過できない論点です。

介護の「収支差率」は何を計算した数字か

まず、介護事業経営実態調査における「収支差率」の中身を確認します。

収支差率 =(サービス活動収益 − サービス活動費用) ÷ サービス活動収益

これは会計上の概念で言えば、ほぼ 「サービス事業単位の営業利益率」 に相当します。具体的には、次の特徴があります。

つまり、介護の収支差率は、法人全体の本部コスト・借入コスト・税負担を引く前の、サービス単位の粗い「営業利益」に近い指標です。

法人によっては、本部経費を一部各事業所に按分しているケースもありますが、それでも法人本部の活動費全額を完全に反映できているわけではありません。とくに小規模法人ほど、本部経費の按分は控えめで、収支差率が結果的に高めに出やすい構造になっています。

中小企業の「収支差率」は何を計算した数字か

一方、財務省が比較対象に持ち出した「中小企業平均の3.8%」は、出典をたどれば中小企業庁の中小企業実態基本調査や法人企業統計の系列で語られている数字に行き着きます。これは、

経常利益 ÷ 売上高

すなわち 「経常利益率」 です。経常利益とは、

つまり、本社経費も、借入金の利払いも、ぜんぶ引いたの数字です。

ここに、決定的な違いがあります。

指標性質本部経費借入利息法人税
介護の収支差率(6.8%)サービス単位の営業利益相当一部のみ反映含まない引いていない
中小企業の収支差率(3.8%)法人全体の経常利益相当全額反映引いている引く直前

比較する次元が違うのです。

階段で言えば、介護の6.8%は「2階の数字」、中小企業の3.8%は「4階の数字」。同じビルの「○階」と「△階」を並べて、「2階のほうが4階より上ですね」と言っているようなものです。

同じ土俵で比べたら、どうなるか

仮に介護法人の決算書ベースで、本部経費・借入利息・営業外費用まで全部差し引いた 法人ベースの経常利益率 を出すと、どうなるか。

実務感覚で言えば、多くの中小介護法人は、おそらく中小企業平均の3.8%と同等か、それを下回るレベルに落ち着くと考えています。理由は、

実際、当法人の周辺の同業他社や、業界団体での意見交換の場で「法人の決算書を見ると、けっして余裕綽々ではない」という声は珍しくありません。事業所単位では収支差率が高く見える法人ほど、本部にきちんとした管理体制を置けていない(=本部経費が低い)という、別の経営課題を抱えていることもあります。

「事業所収支差率が高い = 法人として儲かっている」ではない。これは、介護経営の常識であって、財務省の議論には欠けがちな前提です。

なぜこの比較がまかり通ってしまうのか

財務省側に悪意があると言いたいわけではありません。構造的な理由が二つあります。

一つ目 ― 介護の公的データが「事業所単位」しかない

厚生労働省の介護事業経営実態調査は、もともとサービス報酬の適正性を検証するために、事業所単位(サービス類型単位)で設計されています。法人決算ベースの経常利益率は、公的調査としては整備されていません。

このため、財政審の議論で持ち出せる介護側の数字は、構造的に「事業所単位の収支差率」しかない状態になっています。本来は「法人ベースの経常利益率」と「中小企業の経常利益率」を比べるべきところを、ピース不足のまま無理に並べているわけです。

二つ目 ― 数字の定義の違いが、社会的に共有されていない

「収支差率」と一言で言われると、介護関係者でない方は「営業利益率なのか、経常利益率なのか」とは思いません。「儲け具合」を表す数字、くらいの理解で受け取られます。報道もこの定義差まで踏み込まないことが多く、結果として、

介護6.8% > 中小企業3.8%
= 介護のほうが儲かっている
= 報酬を下げてよい

という単純な三段論法が、世論として既成事実化していきます。経営者や業界団体の側から、「比較の前提が違う」と毎回言い続けないと、議論はそちらに流れてしまいます。

経営者として、議論の場に出していくべき主張

ここまでを踏まえ、私が業界団体・行政・地域連携の場で発信していきたいのは、以下の3点です。

1. 「サービス収支差率」と「経常利益率」を並べないでほしい

少なくとも、財務省・財政審の資料には、

という性質の違いを必ず注記してほしい。脚注一行で十分です。

2. 法人ベースの経営実態調査を整備してほしい

厚労省には、現行の事業所単位の調査に加えて、法人決算ベースの経常利益率・自己資本比率・キャッシュフロー をサンプル調査で構わないので公表してほしい。これがあれば、中小企業との比較は同じ土俵で議論できます。

3. 経営者側も、自法人の経常利益率を語れるようにしておく

これは行政への要望ではなく、私たち経営者側の宿題です。サービス事業所の収支差率だけを見ている限り、外部議論への反論材料は持てません。法人決算ベースで、

を、最低限自分の言葉で説明できる経営者でありたい。経営会議資料の片隅に、この比較欄を常設しておくだけでも、いざという時の発信力は変わってきます。

「比較の作法」を間違えないこと

数字を並べて議論することは大切です。ただし、並べる数字の定義が揃っているか は、その何倍も大切です。

これらは、財務的な議論をする上での基本ルールです。介護報酬の「適正化」を論じるなら、まずこの比較の作法 を整えてからにしてほしい。経営者として、率直にそう感じます。

おわりに ― 数字を語る者の責任

「介護は儲かっている」というメッセージは、現場の職員にとって複雑な感情をもたらします。「儲かっているのに、なぜ私の給料は上がらないのか」という不信感は、人材定着を確実に傷つけます。

財務省も、報道も、悪意で数字を並べているわけではないと思います。ただ、結果として現場の不信感を生む数字の出し方になっていないか、という視点は、政策の場でぜひ意識してほしい点です。

私たち経営者の側も、「ややこしいから現場には説明しない」では済みません。「収支差率6.8%とニュースで見たけど、うちは儲かっているの?」と職員から問われたとき、その数字の中身と、自法人の実態を、丁寧に説明できることが、これからの介護経営者に求められる力 だと思います。

良い週末を、お過ごしください。

木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師

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