はじめに ― 5月3日という日
おはようございます。木下です。
本日5月3日は憲法記念日です。1947年5月3日に日本国憲法が施行されてから79年。普段はこの日を「ゴールデンウィークの一日」として過ごす方も多いかと思いますが、介護経営に携わる立場として、私は毎年この日に必ず自分の事業所の “権利擁護” の現状を点検することにしています。
なぜ憲法記念日に介護の話なのか――。それは介護という仕事が、憲法第13条「個人の尊重」、第25条「健康で文化的な最低限度の生活」と最も近い距離で日々向き合っている仕事だからです。本日はこの視点から、介護現場における権利擁護の本質について書き残しておきたいと思います。
「権利擁護」を制度の言葉で終わらせていないか
権利擁護というと、多くの方は次のような言葉を思い浮かべるのではないでしょうか。
- 成年後見制度
- 虐待防止法
- 身体拘束適正化
- 高齢者虐待の早期発見と通報義務
いずれも介護経営に携わる者として知らなければならない制度であり、これらの研修を年に1回以上行うことは法令上も義務づけられています。当法人でも当然実施しています。
しかし、ここで一つ立ち止まりたいのです。「制度を学ぶこと」と「権利を守ること」は、似ているようで違います。
制度の研修を真面目に受講した職員が、その帰り道に「ちょっと、〇〇さん!勝手に動かないで!」と利用者さまを叱責してしまう――こうした場面を、皆さまも一度は目撃したことがあるのではないでしょうか。制度の知識は頭に入っていても、日常の所作にまで落ちていない。これが介護現場における権利擁護の最大の課題であると、私は考えています。
尊厳は「日常の小さな所作」に宿る
私はかつて、ある先輩からこんな言葉をもらいました。
「尊厳というのは、声のトーン、目線の高さ、ノックの仕方、扉の開け方、その一つひとつに宿るものだよ」
この言葉は、介護現場で働き始めた私の中に、20年以上経った今でも深く残っています。
具体的に言うと、
- 居室に入る前、必ずノックをして、応答を待ってから扉を開けているか
- 車椅子の方と話す際、立ったまま見下ろしていないか
- 食事の場面で「あーん、して」と幼児に対するような言葉を使っていないか
- 入浴・排泄の介助中、必要以上に肌を露出させていないか
- お名前をきちんと「〇〇さま」と呼んでいるか――愛称で呼ぶことが習慣になっていないか
これらは虐待防止法には書かれていません。身体拘束適正化マニュアルにも詳細は載っていません。しかしこの一つひとつが、利用者さまにとっては「自分が一人の人間として扱われているかどうか」の判定基準なのです。
権利擁護とは、研修室で語られる制度ではなく、廊下のすれ違いで交わされる挨拶の温度にこそ宿ります。
経営者の責任 ― 「文化」をつくれているか
ここから経営者・管理者の方に向けての話です。
権利擁護を 個々の職員のマナー問題 に矮小化してはなりません。これは経営者の最大の責務として伝えたいところです。
職員一人ひとりに「尊厳のあるケアをしてください」と言うのは簡単です。しかし、
- 慢性的な人手不足で、一人の職員が10人を急いで介助しなければならない
- 記録時間が確保されず、勤務時間外に書類を書かされている
- 上司が職員に対して敬意のない言葉遣いをしている
- 利用者さまのことを職員間で「あの人」「あれ」と物のように呼ぶ風土がある
このような環境では、どれほど真面目な職員でも、尊厳のあるケアを継続することは構造的に困難です。職員の尊厳が守られていない事業所で、利用者の尊厳だけを守ることはできません。
経営者・管理者がやるべきは、研修の実施回数を増やすことではありません。
- 職員自身が一人の人間として大切にされる環境をつくる
- 「誰が見ていなくても、利用者さまへの所作が変わらない」文化を育てる
- 良いケアをしている職員が正当に評価される仕組みを整える
この三つです。文化は、研修からではなく、経営者の毎日の所作から生まれます。
身体拘束ゼロは「結果」であって「目標」ではない
権利擁護の象徴的なテーマとして、身体拘束適正化があります。
身体拘束ゼロという言葉が一人歩きすることがあります。しかし私は、「身体拘束ゼロ」は目標ではなく結果であると考えています。
目標として掲げてしまうと、現場は「拘束しなければよい」という発想に流れがちです。しかし重要なのは、
- なぜ拘束が必要だと感じる場面が生まれているのか
- その方の「立ち上がり」「歩こうとする動き」の背景に何があるのか
- 環境調整・チームケア・本人の生活歴の理解で、拘束以外の選択肢は本当にないのか
を一つひとつ突き詰めていくプロセスです。この丁寧な検討の積み重ねの結果として、自然と拘束がゼロに近づいていく――これが本筋です。
ゼロを目標にして数字だけ達成しても、職員の中に「またあの人が転倒した。どうしろというのか」という不満がたまるだけであれば、それは権利擁護とは言えません。現場の納得感を伴った権利擁護こそが、長続きする経営につながります。
利用者さまだけでなく、ご家族の権利も
もう一点、現場で見落とされがちな視点があります。それはご家族の権利です。
介護現場では、時に「家族はあまり面会に来ない」「家族が無理を言う」といった言葉が交わされることがあります。しかしご家族にもまた、「親や配偶者を介護できなかった」という葛藤、罪悪感、社会的な制約があることを忘れてはいけません。
ご家族の声に丁寧に耳を傾け、ご家族自身が「責められている」と感じない関係を築くこと。これもまた、広い意味での権利擁護です。利用者さま・ご家族・職員、この三者が互いに尊重される関係性をつくることが、経営者の仕事だと考えています。
憲法記念日の “30分点検”
最後に、本日この記事を読んでくれた経営者・管理者の方へ、ささやかな提案を一つ。
今日のうちに30分だけ、自分の事業所の “尊厳の現状” を点検する時間を持ってほしいのです。
- この1ヶ月、職員から利用者さまへの呼称はどうだったか
- 居室への入り方、声のかけ方は適切だったか
- 身体拘束をやむを得ず行っている方について、解除の可能性は議論されているか
- 職員自身が、敬意を持って扱われているか
- 自分自身は、職員に対してどのような言葉を使っているか
連休中の静かな時間だからこそ、見えてくるものがあります。連休明けの現場で、何かひとつ小さな所作が変わるだけで、事業所の文化は確実に動き始めます。
おわりに ― 79年前のあの日に
1947年5月3日、日本国憲法が施行された日に、誰がどこまで現代の介護現場を想像していたかは分かりません。しかし第13条に込められた「個人として尊重される」という思想は、79年を経た今、人生の最終段階を迎えている方々の尊厳をどう守るかという形で、私たちの目の前に立ち現れています。
介護経営とは、利益を上げることでも、施設を大きくすることでもありません。目の前の一人の利用者さまの尊厳が、毎日きちんと守られている――その状態を持続可能な形でつくり続けることです。
憲法記念日の今日、介護経営に携わるすべての方と、この基本に立ち返りたく、本日の一文を残します。
よい祝日を、お過ごしください。
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師


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