先日、中小企業診断士の日浦久宗先生が講師を務められた経営計画セミナーに、一受講者として参加しました。テーマは「経営計画は売上向上の羅針盤」。副題には「社員が受け身で、すべて自分で決めている経営者が、今いる社員のままで売上利益を伸ばすための方法」と掲げられており、まさに多くの介護・医療事業所の経営者が直面している課題と重なる内容でした。
1時間40分にわたるお話の中で、私自身が特に深くうなずき、介護事業の現場にこそ必要だと感じたポイントを、今日はご紹介させていただきたいと思います。
「利益は人を幸せにしたご褒美」という捉え方
セミナーの中で日浦先生が、ご自身のコンサルの師匠から教わった言葉として紹介されたのが、「利益は、人を幸せにしたご褒美」という一文でした。
売上や利益が上がっていても、その過程で取引先や社員が疲弊しているなら、その経営は長続きしません。利用者、ご家族、職員、連携する医療機関、地域。そこに関わる人々が幸せを感じ、事業所が応援したくなる存在になれているか ― その結果として経営数値が付いてくる。この順番を取り違えてはいけない、というお話でした。
介護・医療はまさに「人を幸せにする仕事」そのものです。だからこそ、経営数値を人の幸せより上位に置いた瞬間、現場の空気は確実に濁ります。この言葉は、経営の立場にいる私自身、折に触れて思い返していきたい軸だと感じました。
売上向上の「よくある打ち手」がなぜ続かないのか
セミナーでは、多くの経営者が取り組みがちな売上向上策について、その限界も丁寧に解説されていました。
- 営業強化・広告宣伝:短期的には効くが、継続するには人員も資金も疲弊していく
- 優秀な人材の採用:中小事業所が待遇面で大手と競っても勝てない
- 外部セミナーや研修:戻った瞬間、元の業務に割り切って元通りになりがち
- 目の前の人参(インセンティブ):一時的で、人参を大きくし続けるのは会社がしんどい
- 給与アップ:上がった瞬間は嬉しいが、翌月からは当たり前になり、次上がらないと不満に変わる
- 社長が頑張る:これが一番しんどく、続かない
どれも介護事業所でよく議論される打ち手ばかりです。「悪い」打ち手ではありません。ただ、これらを単発の施策として打ち続ける限り、組織は疲弊するというのが要点でした。必要なのは、これらを機能させる土台となる仕組み ― 経営サイクルなのです。
経営サイクルの出発点は「経営理念」
日浦先生が経営サイクルの第一歩として挙げられたのが、経営理念の明確化と共有でした。
経営理念の主語は「会社」です。「私たちはこういう会社です」という宣言。そこから派生するものとして、主語を「働く人」に置き換えた行動指針、そして5年後のありたい姿を描くビジョンがあります。
ここで印象深かったのが、「ビジョンは数字ではない」という指摘でした。「5年後に売上10億円」と答える経営者は多い。しかし、その10億円はビジョンが達成されたかを測るKPI(指標)であって、ビジョンそのものではない。「地域からこの領域ならあの事業所だよね、と思い出していただける状態」こそがビジョンであり、それを支える数字がいくらか、と逆算するのが本来の順序です。
介護事業に置き換えてみれば、「地域で看取りを任せられる事業所と言えばここ」「困難事例を受け止める事業所と言えばここ」 ― そう地域から認識される状態を描くことが、事業計画を立てる以前の仕事だということになります。
計画は「みんなで作る」と自分ごとになる
もう一つ、現場を持つ経営者として強く共感したのが、計画作成への社員参画の考え方でした。
社長ひとりで作った計画、誰かに任せた計画、みんなで話し合って決めた計画 ― 参画度と「自分ごと化」の度合いは、この順に明確に変わる。計画を自分ごととして受け取った社員からは、やりがい、責任感、達成感、成長意識が自然に生まれる、という指摘です。
同時に、参画させるときの禁じ手も明確に示されました。
- 言わせる(社長の答えに誘導する)
- 吊り上げる(社員が出した目標に「これじゃ給料増えない」と上乗せを迫る)
- 落とす(最終的に社長が決めた数字をただ押し付ける)
この3つをやるくらいなら、最初から参画させない方がマシ、とまで語られていました。キャリアコンサルタントの視点から申し上げても、これらは職員の心理的安全性を確実に損ないます。「参加させられた」という感覚が残ったとき、人は次から口を閉ざすのです。
介護事業所で事業計画を立てる際、管理者やリーダー層、そして可能ならケアワーカーにも一部プロセスに加わっていただく。時間はかかりますが、1日から数日の議論で得られるものは、その後の数か月・数年のエネルギーに変わって返ってきます。
月1回、計画と実績を突き合わせる
そして、計画は作って終わりではありません。日浦先生が強調されていたのは、月に1回、計画と試算表(実績)を突き合わせて乖離の原因を明らかにし、改善行動に移すという地道なサイクルでした。
- 顧問税理士にできるだけ早く試算表を出してもらう
- 難しければクラウド会計を使い、1,000円・1万円単位のズレは気にせず、概況をタイムリーに見る
- 計画数字と実績数字の差が出たら、広告宣伝費なら「代替手段に変えたのか、忘れていたのか」まで踏み込んで原因を特定する
- アクションプランでできなかったことを、改善してPDCAのC・Aに回す
介護事業の収益構造は、介護報酬の入金タイミングからも、月次での状況把握が経営判断に直結します。遅い数字は、打ち手の選択肢を奪います。ここは改めて自社の体制を見直す価値があると感じました。
キャリアコンサルタントとして受け止めたこと
セミナー全体を通じて、私がキャリアコンサルタントとしても強く共感したのは、「今いる社員のままで」という前提でした。
外から優秀な人を連れてくるのではなく、目の前の職員一人ひとりが経営に参画し、自分の仕事の意味を理解し、計画を自分ごととして動いていく。そのときはじめて、外から見ても魅力的な組織になり、結果として良い人が集まり、定着していく。
介護業界は人材難と言われ続けて久しいですが、「選ばれる事業所」になる近道は、今いる職員が誇りを持って働けているかどうかに尽きると、改めて思い知らされました。
明日から始める3つの姿勢
- 自分の事業所の「理念」を口に出してみる ― 言葉に詰まるなら、それは浸透していないというサインです
- 次の事業計画を、ひとりで作らない ― 完成品を見せるのではなく、白紙の段階から数人を巻き込む
- 月1回の経営数値確認の場を固定する ― 15分でも、月末でも、まず仕組みとして定着させる
経営計画は、数字を書き込むフォーマットではありません。人を幸せにする営みを、組織で継続するための羅針盤です。私自身、今回の学びを自社の経営サイクルにも取り入れ、また介護事業所の皆さまにもお伝えしていきたいと考えております。
木下浩志(NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長/株式会社MCL 取締役/北海道介護福祉学校 非常勤講師/キャリアコンサルタント)


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