はじめに
2026年度の介護報酬改定(期中改定)が正式に決定し、処遇改善の見直しが6月から、食費基準費用額の引き上げが8月から施行されます。改定率は全体で+2.03%。そのうち+1.95%が介護職員の処遇改善に充てられる、まさに「人への投資」を前面に打ち出した改定です。
介護事業の経営管理に携わる立場として、今回の改定は単なる報酬の増減ではなく、事業所の人材戦略そのものを見直す転機だと感じています。施行まであと2か月余り。今から何を準備すべきか、経営者の視点で整理します。
今回の改定で押さえるべき3つのポイント
1. 処遇改善の対象が「介護従事者全体」に拡大
これまでの処遇改善加算は、主に介護職員が対象でした。しかし今回の改定では、介護従事者全体に対象が拡大されます。事務職や相談員、栄養士など、現場を支えるすべてのスタッフが処遇改善の恩恵を受けられるようになります。
これは現場の実感と合致する変更です。「介護職だけ手当が上がって不公平だ」という声は、どの事業所でも聞かれてきました。チームで利用者を支えている以上、処遇改善もチーム全体に行き渡るべきだと、私は以前から考えていました。
ただし、対象が広がった分、配分の設計が複雑になることには注意が必要です。職種間の配分は事業者の裁量に委ねられていますが、厚労省は「勤続10年以上の介護福祉士の処遇改善を重視すべき」という方針も示しています。全体のバランスと重点配分の両立を、経営判断として行う必要があります。
2. 介護職には最大月19,000円の賃上げが可能に
具体的な賃上げの規模を整理すると、次のとおりです。
- 介護従事者全体:月額10,000円相当(3.3%)の賃上げ
- 生産性向上に取り組む事業所の介護職:追加で月額7,000円相当(2.4%)
- 定期昇給:2,000円
合計すると、介護職には最大で月19,000円の賃上げが実現します。年間にすると約23万円。これは決して小さな金額ではありません。
ここで注目すべきは、追加の7,000円を得るには「生産性向上・協働化の取組」が要件となっている点です。つまり、単に加算を算定するだけでなく、業務改善やICT活用など、具体的な取り組みを実施していることが求められます。
3. 厚労省が「基本給による賃金改善」を推奨
今回の改定で見逃せないのが、厚労省が「基本給による賃金改善が望ましい」と明確に打ち出したことです。
これまで多くの事業所では、処遇改善加算の原資を手当や一時金として支給してきました。制度が変わった場合のリスクを考えると、基本給には反映しにくいという経営判断は理解できます。
しかし、職員の側から見れば、基本給が上がることの安心感は手当の比ではありません。住宅ローンの審査、転職時の条件比較、社会保険料の算定基礎――すべて基本給がベースになります。「基本給が低い業界」というイメージが人材確保の障壁になっている現実を考えれば、今回の改定は基本給に反映する方向で検討すべきだと考えます。
6月施行に向けて、今から準備すべきこと
計画書の提出準備
処遇改善加算の算定にあたっては、都道府県知事または市区町村長への計画書提出が必要です。提出期限は施設系が算定開始月の1日まで、居宅系が前月15日までとなっています。6月施行の場合、居宅系は5月15日が締切です。逆算すると、4月中には配分方針を決定し、職員への説明を済ませておく必要があります。
生産性向上の取り組みを「見える化」する
追加の月7,000円を算定するための「生産性向上・協働化の取組」要件を満たすには、すでに行っている取り組みを整理し、文書化しておくことが重要です。
たとえば、以下のような取り組みが該当する可能性があります。
- 介護記録のICT化(タブレット入力、音声入力の導入)
- 見守りセンサーやインカムの活用による業務効率化
- 他事業所との合同研修や業務の協働化
- 業務フローの見直しによる間接業務の削減
居宅系サービスは「ケアプランデータ連携システム」の導入が要件に
特に注意が必要なのが、訪問介護・通所介護などの居宅系サービスです。上乗せ区分(Ⅰロ・Ⅱロ)を算定するには、上記の生産性向上の取り組みに加えて、「ケアプランデータ連携システム」を利用していることが要件となっています。
ここで重要なのは、「加入」しているだけでは不十分だという点です。実際にシステムを利用した実績が求められ、実績報告書にその利用実績を記載する必要があります。居宅介護支援事業所とのケアプランのやり取りを、FAXや紙ではなくデータで行う体制を整えるということです。
「導入にはコストがかかるのでは?」と心配される方もいるかもしれません。しかし、現在は厚生労働省の支援策により、ケアプランデータ連携システムのライセンス料(通常 年間21,000円)が1年間無料となるフリーパスキャンペーンが実施されています。このキャンペーンは新規導入だけでなく、既存利用者の契約更新や、過去に解約した事業所の再加入も対象です。さらに、導入時の接続サポートにかかる費用も助成の対象となっています。
当初のキャンペーン期間は2026年5月31日まででしたが、介護情報基盤との統合日まで無料期間の延長が決定しています。つまり、今から導入しても十分に間に合いますし、コスト面のハードルは大きく下がっています。
居宅系サービスを運営する事業所にとって、ケアプランデータ連携システムの導入は、上乗せ加算の算定だけでなく、ケアマネジャーとの情報連携の効率化にもつながります。「加算のために仕方なく」ではなく、業務改善の一歩として前向きに捉えたいところです。
「うちはまだICTを導入していないから無理」と諦める必要はありません。令和9年3月末までの経過措置として、誓約による算定も認められています。「今後取り組む計画がある」ことを示せれば、加算の算定は可能です。ただし、誓約である以上、計画どおりに実行する責任が伴います。
職員への丁寧な説明
処遇改善の内容を「給与明細で知った」という状況は避けたいところです。改定の背景、賃上げの規模、配分の考え方を職員に丁寧に説明することが、制度への理解と事業所への信頼につながります。
私の経験では、「なぜこの配分にしたのか」という根拠を示すことが最も大切です。全職種に一律で配分するのか、介護職を重点的に引き上げるのか、勤続年数を加味するのか。どの方法を選んでも、必ず「なぜ」を説明できるようにしておくことが、職員の納得感を得る鍵です。
訪問看護・居宅介護支援にも処遇改善加算が新設
今回の改定では、これまで処遇改善加算の対象外だった訪問看護(1.8%)、訪問リハビリテーション(1.5%)、居宅介護支援(2.1%)にも新たに加算が設けられます。
特に居宅介護支援への処遇改善加算新設は、ケアマネジャーの処遇改善という長年の課題に対する一つの回答です。ケアマネの人材不足は深刻化しており、この加算が「ケアマネを続ける理由」の一つになることを期待しています。
経営者として、この改定をどう活かすか
介護報酬改定は「もらえる金額が増えた・減った」という話で終わりがちです。しかし、経営者に求められるのは、改定の趣旨を理解した上で、自事業所の人材戦略にどう結びつけるかという視点です。
今回の改定は、「処遇を改善した事業所が選ばれる」というメッセージでもあります。求人票に記載される基本給が上がれば、採用競争力が変わります。既存職員の離職率が下がれば、サービスの質が安定します。その結果、利用者からの信頼が高まり、稼働率が向上する。この好循環をつくることが、改定を「活かす」ということだと考えています。
6月の施行まで、残された時間を有効に使いましょう。
まとめ
- 2026年度介護報酬改定は+2.03%、うち+1.95%が処遇改善に充当
- 処遇改善の対象が介護従事者全体に拡大、介護職には最大月19,000円の賃上げ
- 厚労省は「基本給による賃金改善」を推奨──人材確保の観点からも基本給への反映を検討すべき
- 追加加算には「生産性向上の取組」が要件、居宅系サービスは「ケアプランデータ連携システム」の利用が必須
- ケアプランデータ連携システムは1年間無料キャンペーン中、導入サポート費用も助成対象
- 経過措置として令和9年3月末までの誓約算定も可能
- 訪問看護・訪問リハ・居宅介護支援にも処遇改善加算が新設
- 5月15日(居宅系)の計画書提出に向け、4月中に配分方針の決定と職員説明を
木下 浩志
NPO法人ちとせの介護医療連携の会 理事長
株式会社MCL 取締役
北海道介護福祉学校 非常勤講師


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